バカ正直で誠実な好青年聖闘士の宮をやっと抜け出すことのできた氷河が次に向かったのは、処女宮。
対する聖闘士は、バルゴのシャカ。

インスタントラーメンに時間を費やしすぎたことに焦っていた氷河は、処女宮に入ると、挨拶もなく、そして、どこからともなく、すちゃっ☆と、インスタントスープの素を取り出した。(どこからそんなものを取り出したんだ? などと考えるのは良い読者ではありません)

「君、それは何だ。仏陀の生まれ変わりとも言われている私に、そんな……」

「聞くところによると!」

氷河は、シャカのクレームを最後まで言わせなかった。
とにかく、彼は焦っていたのである。

最も神に近い男の言葉を鋭く遮って、氷河は自分の言いたいことだけをべらべらべらとまくしたて始めた。

「聞くところによると、苦行によって真理を得ることに疑問を感じていた仏陀に、スジャータという名の娘が乳粥を捧げ、それによって体力を取り戻した仏陀はついに悟りを開いたという」
「そんなことは私とて知っている。それとインスタントスープとどう関係が……」
「これはスジャータ・粒入りコーンポタージュ。貴様が仏陀と同じ高みにいる優れた男なら、この味の素晴らしさがわかるはずだ」
「…………」

事実か否かはともかくも、“仏陀の生まれ変わり”を標榜する男には、ここでこのインスタントスープを『不味い』と言うことはできなかった。

たとえそれが、適量の5倍の、しかも冷水に溶かされた、スープとは名ばかりの物だったとしても。

シャカは、おそらくは死ぬほど不味いのだろうそのスープを、眉一つ動かさず綺麗に飲みほした。

そして、厳かに宣言した。

「美味い」


「さすがは、神に最も近い男だ……!」

神と仏は全く違うのだが、車田世界でそんなことを詮索しても始まらない。
氷河は、獅子宮が獅子宮だっただけに、2割くらいは本気でシャカの大物振りを賛美した。

嘘をつけない男など、男の風上にも置けない。
その点、処女宮の守護者は、実に出来のいい男だった。







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