「おまえが、金で買えるものを欲しがってくれればよかった」 商用から帰って来た兄のその言葉を聞いた時、瞬は、自分の望みがそれほど高くつくものだったということを初めて知ったのだった。 たった1輪の白い花。 商用で出掛ける兄に『何か欲しいものはないか』と尋ねられた時、瞬は、『白い花を1輪だけ』と答えた。 希少な宝石や珍しい外国の動物、高価な調度や衣装――。純白の花は、そんなものよりはるかにありふれて、兄の出掛けていく大きな街のどこにでもあるのだろうと、瞬は思っていたのである。 それが、こんなことになろうとは。 巨大な都会のどこを探しても純白の花を見付けることができず、消沈して帰路についた瞬の兄は、ある領主の館の前を通りかかった時、その庭にたった一輪だけ咲いている純白の花を見付け、瞬のためにそれを手折ろうとした。 花盗人は館の主に見咎められ、その罪を償うために、白い花を望んだ者を自分に差し出すようにと、瞬の兄は領主に命じられたのだった。 「金で解決できる相手ではないんだ。あの館の主は俺よりもはるかに富裕で、おまけに権力というものを持っている。おまえの命を奪うことも、あの領主は誰にも咎められずに容易にやってのけるだろう。おまえの命を守るためには、矛盾しているようだが、おまえがあの領主の許にいるのがいちばんだ」 弟以外に愛情を注ぐ対象を持っていない兄がそうまで言うほど、兄は追い詰められているのだろう。 兄の望みが、弟の生命と幸福だけなのだということを、瞬はよく承知していた。 もとはと言えば、“白い花”の価値を知らなかった自分が悪いのだと自身に言いきかせて、瞬は、兄のためにその館にやって来たのだった。 |