人類の悲願

〜そねはらさんに捧ぐ〜






事の起こりは、例によって例のごとく、敵さんがアポイントメントも取らずに地上の平和を掻き乱そうとして開始した戦闘行為だった。


城戸邸に寄宿している青銅聖闘士5人が、早速アテナの元に召集される。
アテナは、勢揃いした聖闘士星矢メインキャラたちの顔を確認すると、自分のシステム手帳のページをめくりながら、厳かにのたまった。

「みんな、事情は聞いてると思うから説明は省くわね。えーと、じゃ、そうね。こないだエジプトで一騒動あった時には星矢と紫龍に行ってもらったから、今回は一輝と氷河と瞬に行ってもらおうかしら。敵の出現場所はアイスランドだから、涼しくていいわよ、きっと」


内心でどう思おうと、いつもなら、青銅聖闘士たちは沙織の言葉には(とりあえず)絶対服従を旨としていた。働かざる者食うべからず――という、世間の常識になっている格言の意味を、彼等は良く承知していたのだ。

しかし、今度ばかりはそうも言っていられない。
なにしろ、城戸邸青銅聖闘士の面々は、明日から泊りがけで、楽しい楽しい海水浴に出掛けることになっていたのだ。

「ちょっと待ってくれ、沙織さん。知っての通り、俺たちは明日から海水浴に行くことになってるんだ。俺は今日は瞬と水着を買いに行く予定が入っている。紫龍と星矢は昨日買ってきたんだから、アイスランドへはこいつらが行けばいい。俺は今日は瞬とデパートに……」

「氷河ったら、なんてこと言うの! 氷河は、地上の平和と僕たちの水着とどっちが大切なんですか!」

氷河の異議申し立ては、しかし、沙織ではなく瞬によって遮られた。

ここで、
『おまえの水着』
と正直に答えるわけにもいかず、氷河がぶすっと苦虫を噛み潰したような顔になる。


「あなたたちの水着は私の方で準備してホテルの方に送っておくわ。敵を倒したらアイスランドから江ノ島へ直行すればいいだけの話よ。どうせまた大した敵じゃないでしょうし、海水浴の予定を取りやめろなんてひどいこと、優しいこの私が言うはずないでしょ」

「…………」

そーゆー問題ではないのである。

氷河は、今日は瞬の水着選びに付き合い、瞬の試着で目の保養をするのだと、昨夜から期待に胸をふくらませていたのだ。
海水浴場では、その肌を人目にさらさせないように、瞬にはパーカーを着せておかなければならないのだから、瞬の水着姿を鑑賞できるのは今日この機会しかない。

そういう氷河の事情がわかっているのかいないのか、瞬は、
「はい、お手数かけてすみません、沙織さん。じゃあ、水着のことはよろしくお願いしますね。僕たちは、これから早速アイスランドへ飛びます」
と、勝手に沙織に許諾の返事をしている。


「…………」

氷河は、瞬の決定が、甚だ、すこぶる、極めて不満だった。
不満ではあったのだが、その不満を口にはしなかった。
瞬がそうと決めたことに逆らうことは、氷河にはできなかったのである。
惚れた弱みと言えば聞こえがいいが、彼は、瞬に逆らって夜のお相手をボイコットされる危険を敢えて冒す気にはなれなかったのだ。

氷河はその点、非情に思慮深く、計算高く、老獪にして理性的な(?)男だった。




もちろん、アイスランドで氷河たちを待っていた敵たちは、怒り心頭の氷河の手によって正味4分であっさりと倒され、瞬と一輝の兄弟は、アイスランドくんだりまでやって来て、することもなく日本にUターンすることになったのである。





【next】