花の心

〜たれたれぱんださんに捧ぐ〜






昔、ある国(氷河姫の嫁ぎ先の国とは別の国ですよ)に、とても弟思いの王様がいました。
名をイッキ国王と言いまして、鬼神のごとく強い王様だったのですが、とにかく弟を猫可愛がりしている王様でした。
なぜイッキ国王がそんなにも弟を可愛がっていたのかというと、理由は単純。イッキ国王の弟君は本当に可愛かったのです。
当然にして必然、必要にして十分な理由ではありました。




さて、その弟君のシュン王子が、ある日、ある時、ある場所で、恋の虜になってしまったことから、このお話は始まります。


シュン王子の恋のお相手は、お城の厩舎に勤めるヒョーガという名の青年でした。
ある日、シュン王子に乗られた(?)白馬が大喜びで暴れ出し、シュン王子を乗せたまま暴走を始めたのですが、ヒョーガは命懸けでその暴れ馬の背からシュン王子を救い出したのです。

自分を守るために怪我をしたヒョーガを泣きそうな瞳で見詰めるシュン王子に、ヒョーガは言いました。
「お気になさらないでください、王子。王子のためでしたら、私は命も惜しくありません」
「ヒョーガ……」

本当はそんなことは、ヒョーガでなくても、国中の誰もが思っていたことだったのですが、シュン王子は面と向かってそんなふうに言われたのは初めてでした。
しかも、実際に身を呈して自分を庇ってくれた人に、怪我を押して言われたのは。

ヒョーガの言葉には真実の重みがありましたし、実際それは本心からの言葉だったのです。シュン王子の心を揺り動かすには十分すぎるほどの深い愛情が、その言葉には込められていました。




そうして始まった、一国の王子と一介の馬丁との身分違いの恋。


ヒョーガの怪我が治る頃には二人の仲はすっかり親しみを増し、ヒョーガは夜毎、石造りの城の二階にあるシュン王子の部屋に蔦を伝って(寒いシャレではありません)忍び込むようになっていたのです。


恋し合う二人は、常の恋人同士がそうであるように幸せでした。
いえ、おそらくその何倍も幸せだったことでしょう。
シュン王子はそれが生まれて初めての恋でしたし、ヒョーガは国中で最も可憐な恋人をその胸に抱く、国中でいちばん幸運な男だったのですから。


ですが、二人の幸福な時は長くは続きませんでした。


いつもシュン王子の寝室の次の間に控えているシュン王子の護衛の者が、イッキ国王に、
「最近、シュン王子は毎夜寝室で苦しそうにお泣きあそばしております。何かご心配事でもおありなのではないでしょうか」
――なとどいうトンマなことをご注進したことがきっかけで、二人の仲が、イッキ国王の知るところとなってしまったのです。

最愛の弟が毎夜悲しみに暮れていると知って心配したイッキ国王が、シュン王子の寝室にやってきて目撃してしまった、とんでもないシーン。

風にも当てぬようにお城の奥深くで大切に育ててきた可愛い白い仔猫に、得体の知れないケモノがのしかかっている様を見せられてしまったら、どれほど寛大な飼い主でも我を失って叫ぶことでしょう。

「その身の程知らずの下郎の首をはねてしまえ〜〜っっっ !! 」
――と。





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