それを見て慌てたのはハーデスである。
もちろん彼は青銅聖闘士ごときに負けるつもりは毛ほどにもなかったが、これでは何のために瞬を自らの魂の器として選んだのか、まるで意味がないではないか。
彼が期待していた展開は、もっと深遠な意味を秘めた、高尚なる人間の苦悩と葛藤のドラマだったのだ。

この痴れ者に苦悩と葛藤を与えてやらなければならない――。
そう考えたハーデスは、意地悪ーい目をして、どうやらアンドロメダの聖闘士にベタ惚れているらしい男に言ってしまったのである。

「そなたの知っているアンドロメダは既にこの世には存在しない」

「なに?」

「余は、アンドロメダの身体を我が物としたのだ」

「…… !!!! 」

氷河がハーデスの言葉をどう受け取ったのかは神のみぞ知る――というか、この場では神のみが知らずにいた。

氷河はハーデスの言葉を、彼の言葉で解釈し、理解した(『誤解した』とも言う)。

途端に究極まで燃えあがった氷河の嫉妬と憎悪の小宇宙が、一刹那の間もおかずに爆発する。
その無限とも言える力は、彼の嫉妬と憎悪の対象であるところのハーデスに襲いかかり、呑み込み、そして、ビッグバンとやらを引き起こした。







宇宙の誕生――ビッグバン――とは、こんなにもあっさりしたものだったのだろうか。
氷河のビッグバンが収まった後に残ったものは、ただハーデスだったものの抜け殻のみ。
『ツワモノ共が夢の跡』の趣すらない。





「すげー。躊躇のかけらもねーな」

星矢の感動の(?)のご意見ご感想も、どこか気が抜けている。
神話の時代から連綿と続いてきた神々の闘いの終焉がこれでは、星矢も開いた口がふさがらないというのが正直なところだった。

よりにもよって瞬を依り代として選んだハーデスの不明と不運。
自業自得とはいえ、同情に堪えない悲劇ではあった。


しかし、やりたいことをしただけの氷河には、そんな感慨はまるでない。
ハーデスだったものの残骸を睥睨すると、彼はその上に言葉を吐き捨てた。

「馬鹿を馬鹿という奴が馬鹿なんだ、この馬鹿野郎めが!」

その通り。これはどう考えても、馬鹿が馬鹿を馬鹿と言っている状況である。

しかし、氷河は、自分が口にした言葉の持つ意味など、深く考えもしなかった。
考えている暇は、彼にはなかったのである。
なにしろ、彼の大事な大事な瞬の姿が、彼の目の届く場所に影も形もないのだから。

「ったく、瞬は本当にどこへ行ったんだ……」

無駄な闘いに時間を費やしてしまった自分に苛立ちながら、氷河は、瞬のいない場所に長居は無用とばかり、瞬を求めて再び冥界の探訪に向かおうとした。

ジュデッカの石の床に倒れ伏したハーデスのことなど気に留めもせずに。




が、その時。





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