「ん…?」


ジュデッカを立ち去ろうとしていた氷河は気付いたのである。
懐かしく、暖かく、優しい小宇宙が、彼を呼んでいることに。

氷河は、超光速で、その小宇宙が発せられている場所に視線を向けた。

一瞬遅れて、星矢たちも気付く。

絶対零度の氷を溶かすほど強大無比の力を誇る瞬の小宇宙とは思えないほど弱々しいものではあったが――それは、確かに、瞬の小宇宙だった。

当然、その小宇宙は、ついさっき氷河が情け容赦なく打ち倒したばかりのハーデスの――残骸から立ちのぼっている。


「瞬っっ !!!! 」

ジュデッカを出ていこうとしていた氷河は、ハーデスの残骸に駆け寄ろうとする星矢たちを押しのけて、彼の“瞬”に飛びついた。
そして、言った。

「瞬、大丈夫かっ! だ…誰がおまえにこんなひどいことをしたんだっ!」



「………………」
「………………」


↑ この絶句は、当然、星矢と紫龍のものである。


「さっきの小生意気なチビか? そうなんだな! あの野郎、もっと徹底的にブチのめしてやればよかった…!」


氷河には、自分が瞬を攻撃した記憶はなかった。
瞬のまとっている衣装が、今は姿の消えてしまった小生意気なチビと同じものだということを怪訝に思うこともなかった。
彼は、ありえないことを考えるなどという無駄な時間の使い方はしない男だったのだ。


瞬が、抱き上げられた氷河の腕の中で弱々しく首を振る。
「ううん。誰のせいでもないの。みんな、僕が悪いんだ」
「瞬、誰を庇っているんだ。おまえが悪いはずがないだろう」
「でも、他の誰のせいでもないの」
「瞬……」

こんなひどい目に合わされても、瞬は自分に危害を加えた相手を庇っている――瞬のその無限に優しい心に感動の言葉も思いつかず、氷河はただ瞬を力の限り抱きしめるのみ。

感動の極致にいる氷河の胸に頬を押し当て、瞬は微かに微笑んだ。

「氷河……ありがとう。僕、氷河のおかげで僕に戻れたみたい」

「駄目だぞ。この世には――ああ、ここはあの世か。とにかく世の中には、どこにでも変な奴等がうじゃうじゃしているんだ。お菓子をやると言われても付いて行くなと、口を酸っぱくして言っておいただろーが。おまえみたいに可愛い子は、いつも俺と一緒にいないと危険なんだぞ」

「うん、そうだね……。氷河と一緒にいれば安心だね」

氷河の青い瞳には真実が――真実のみが――映し出されているのだと、氷河の心には何の迷いもないのだと信じることのできる安堵感が、ハーデスによって傷付けられた瞬の心を癒してくれていた。

まあ、完全な勘違い――ではない。

「大丈夫だ。俺はもうおまえを離さないからな。おまえがあのゴキブリ野郎に何かされたのだったとしても、俺は少しも気にしない。おまえが悪いんじゃないことはわかっている」
「氷河……ありがとう……」

瞬がゴキブリ野郎にされた“何か”に関して、氷河と瞬の認識には大いなる誤解と隔たりがあったのだが、それはこの際大した問題ではない。
少なくとも、氷河と瞬はそこに大問題があることに気付いていないのだから、事実、それは大した問題ではなかったのだろう。





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