「瞬ちゃん、ばいば〜い。また来てね」

その日、師の家を辞す時に、瞬は何故か聖衣を手に入れた自分がアンドロメダ島を離れた日のことを思い出していた。

アルビオレの腕に抱かれたきゃわが、今日はあの日ではないことを瞬に知らせ安心させてくれる。

「きゃわ。氷河おにーちゃんにはばいばいしないのか」
「…………」

父にそう言われたきゃわが一瞬頬を硬直させる。

それはいつものこと――瞬と氷河がアルビオレの家を辞す時の、いつもと変わらぬやりとりだった。
そして、きゃわは、父に何と言われようと、最後まで氷河にそっぽを向いているのだ。

今日がいつもと違っていたのは、いつもならきゃわの無視を無視する氷河が、
「いや、いいんだ……いいんです」
と、アルビオレに対して殊勝に頭を下げ、それを見たきゃわが相変わらずむっとしたままではあったが、
「氷河もばいばい」
と、ぶっきらぼうに氷河に告げたことくらいだった。

それだけの違いが、しかし、これは今世紀最後の大椿事、である。

子供の態度の変化に驚いて目を丸くした氷河の脇腹を、瞬が指で突付く。
氷河は一度深呼吸をしてから、清水の舞台から飛び降りるほどの決意でもって、口を開いた。

「き…きゃわちゃん、ばいばい」

壊れたマリオネットよりもぎこちなく不自然極まりない氷河の態度に、きゃわは微かに首をかしげたが、それでも彼女は、この見慣れぬ光景が不快ではなかったらしい。
彼女は、氷河ほどには戸惑った様子もなく、すぐに言葉を継いだ。

「氷河もまた来てね」
「ああ」

氷河が、やはりぎこちなく頷くのを見たきゃわが嬉しそうに父の首にしがみつく。
自分を好きでいてくれる人間を、子供は無条件で喜ぶものらしかった。





【next】