郊外の閑静な住宅地は、オレンジ色の夕日に染まっていた。
この辺りの家はどの家も移動に車を使うので道幅も広く、外を歩いている人影は少ない。

「氷河」

車を駐車しておいた駅までの道を辿りながら、二人の他に人影もないオレンジ色の空気の中で、瞬は氷河の名を呼んだ。
アルビオレの家を出てから、氷河はずっと無言だった。

「氷河はいつも僕だけでいいって言うよね。本当にそれでいいの」

瞬に尋ねられた氷河は、瞬に、ほんの短い間だけ考え込む素振りを見せた。
本当はもう、考えるべきことは考えてしまった後だったのだが。

「……あの子供に――俺だけが違う世界にいると言われたような気分だった。おまえやあの親子の住んでいる世界と俺のいる世界は異質なんだと断言されたような……結構ショックだったな……」

「うん。まだまだ更生の見込みはあるね。よかった」

瞬は氷河のその言葉を喜び、深く頷いた。
そして、言った。

「氷河、僕は氷河の側を離れないよ。だから、氷河はそのことで不安を感じる必要はないんだ。僕が誰と一緒にいようと、誰に笑いかけていようと、僕はいつも氷河を忘れてないの」
「…………」
「僕の言うことが信じられない?」
「いや」
「僕にはそんなふうに思える人がたくさんいるの。アルビオレ先生や兄さんや星矢や紫龍や、もちろん氷河も。僕のことを決して忘れない人たちと信じられる人たち」

かつては、氷河にもそう信じていられる存在は確かにあったのである。
彼の母親、彼の師。
彼を愛し、慈しみ、導き、見守ってくれていた、今はもういない人たち。

「まず、僕を信じて。それからもっとそんな人たちを増やして……」
「だが、おまえがいちばんだ」
「…………」

話の腰を折られて、瞬は小さく吐息した。
だが、まあ、それは仕方がないことではある。
瞬自身、氷河のその言葉が嬉しくないわけでもなかった。

「じゃあね、とりあえず、さし当たっての目標は、きゃわちゃんに『氷河、大好き』って言ってもらえるようになること」
「げ」
「きゃわちゃんは正直だからね。第一目標を達成したら、ご褒美あげるから」
「褒美?」

瞬は、人を導く者として、まだまだアルビオレの域には達していなかった。
あるいは、氷河は人に導かれる者として極端に素直さに欠けていた。

瞬のその言葉に、氷河の瞳が一瞬狡猾な輝きを帯びる。
瞬からの褒美――。
それは、氷河にとって、実に魅惑的な言葉だった。

で、氷河は、次にアルビオレの家を訪ねる時はきゃわを手懐けるための特大ケーキを買ってくることを即座に決定したのである。
同じ瞬を愛する者同士、好意を持てさえすれば、そして、手土産さえ間違わなければ、互いの理解を深め合うのは早いに違いない――と、氷河は実に素早く計算し、最も効率的かつ成功率の高い答えを瞬時に導き出したのだった。




――瞬の進む道は困難果てしない。
だが、瞬ならきっと、いつかは目的の地に辿り着くことができるだろう。


おそらく。

多分。






Fin.






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