瞬の墓標を後にした氷河は、生きていた瞬と最後の数年間を暮らした部屋に戻ると、僅かな情動もなく、喪服のまま肘掛け椅子に腰を下ろした。

(……瞬が死んだのか……)

泣こうが喚こうが変えることのできない事実、粛然として受けとめるしかない現実――である。


氷河は、瞬の好みの淡い草色で統一された室内の様子を漫然と視界に映していた。
ふいに、その緑の中では異質な赤色が、氷河の視覚を刺激する。

壁に掛かった鏡。
以前ベネツィアに旅行した時に瞬が気に入って購入した小さな円形のそれは、身を映すためのものというよりは、むしろ装飾品――だった。
鏡の周囲には大小様々の石が嵌め込まれ、小さなステンドグラスのようになっている。
透き通った蒼と深い緑、そして、命の色をした石。

その鏡を氷河は無言で見詰めた。



『綺麗でしょう。この青い石、氷河の瞳とおんなじ色だよ』
『じゃあ、緑はおまえの目だな』
『え? 僕の瞳は黒いけど』
『俺には緑色に見える』
『変なの。……じゃあ、この赤い石は?』


瞬がその唇にのぼらせた言葉なら、どんな他愛のない言葉でも、氷河は憶えていた。


『……血の色か』
『うん。きっとそうだね。血の色、命の色、炎の色』
『情熱の色だ』


そう言って抱きしめた瞬が、瞬の身体が失われてしまった――のだ。





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