瞬――には、自分が何者なのかがわからなかった。
ただ、自分をここに招いた人が、自分を『瞬』と呼ぶから、その名を受け入れた。


「僕は瞬なの?」
「そうだ」
「僕は鏡の中から出てきたの。あなたの魂の望むことを映し取り、それが形になっただけのものなの」
「だから、おまえは瞬だ。おまえはいつも言っていた。もしおまえが死ぬようなことがあったら、そしてもし俺がそれを望むなら、必ず俺の許に戻ってくると」
「あなたはそれを信じてるの」
「信じるさ。おまえがそう言ったんだ」
「僕は瞬じゃないよ。僕はあなたにそんなことを言ったことはないもの」


氷河は微笑って、横になったままで腕を伸ばし、再び瞬の身体を抱き寄せた。

「おまえは瞬だ。俺にはわかる」
「でも、僕は……」

瞬の反駁の言葉は、しかし、氷河の唇に遮られてしまった。
身体を寝台に押し付けられ、凄まじいほど濃密な愛撫によって言葉も思考も奪われて、瞬はすぐに感覚だけに支配される存在になる。

「憶えていなくてもいい。俺が愛したのは、おまえの記憶じゃなく、おまえの身体でもなく、おまえの魂だ」

身体の内と外とで逆巻いていた感覚だけの風波が――永遠に続くかと思われた激浪が―― 一瞬途絶えたと思った次の瞬間に、瞬は深々と氷河に貫かれていた。

そしてまた瞬を襲ってくる激しい波。
その時にはもう、瞬の身体からは感覚すらも失われてしまっていた。





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