「氷河……」 瞬が最初に思い出したのは、自分の命が消えていく最後の数分間のことだった。 『絶対に絶対に氷河を一人になんかしないよ』 言葉ではなく、眼差しでそう告げた瞬に、頷いた氷河の瞳の色。 氷河のその瞳を孤独と絶望の色に染めてしまわないためにならどんなことでもすると、消えかかる意識の中で決意したこと。 まるで、鏡に奪われ、その中に封じ込められていた記憶が解放されて瞬の中に戻ってきたかのように、瞬は瞬に戻っていた。 氷河は、無言でそんな瞬を見詰めている。 瞬は、自分が“瞬”を取り戻したことを氷河に知らせるために、自分から氷河の胸に頬を埋めていった。 「氷河……は少しも疑わなかったの? 僕が瞬じゃないものかもしれない…って」 「俺は、おまえだけはわかるんだ。おまえは、俺が抱きしめたことのある唯一の魂だから」 「僕は……わからなかったのかな……」 「俺を好きだったことは忘れていなかったろう?」 「…………」 本当に忘れていなかったのか、再び好きにならずにいられなかっただけなのか、それは瞬にはわからなかった。 いずれにしても、抗することなど思いつかない定めのように、瞬の心は氷河の許へと帰り着いたのだ。 「僕、自分を鏡の妖怪か何かだと思ってた」 「こんなに可愛い妖怪なら大歓迎だ」 だが、自然の摂理から逸脱した存在という意味では、自分は妖怪や亡霊と大して変わらないものなのかもしれない――と、瞬は思った。 「氷河。僕は生きている人間じゃないよ」 「だが、瞬だ」 許されるのだろうか――という迷いが、瞬の中には確かにあった。 だが、それでも。 “瞬”を求める氷河の心があまりに激しいことがわかるから。 氷河の側にいたいと願う自分の心を抑えることがあまりに難しくて。 ――離れられない。 「うん……」 離れられないのだ。 「多分、今度は僕、永遠に氷河の側にいられると思う」 人の世の法則からは逸脱していても、愛の法則には則った存在として。 鏡の迷宮から抜け出ることができた今は。 Fin.
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