そんなこんなで、氷河監禁も10日目に突入したある日。 瞬は沙織に用をいいつかり、どうしても城戸邸を留守にしなければならなくなった。 「ごめんね、氷河。半日で帰ってくるから、我慢しててね」 それまでも、短い外出は毎日のようにあったのだが、それらはどれも、大抵は次の食事時間には戻ってこれる程度のものだった。自分の虜囚を半日もの間一人にしておくことになったのは、瞬はこれが初めてだったのだ。 瞬があまりに心配そうな様子で言うので、監禁されている氷河の方が逆に、 「ああ、気にするな。胸をぐるぐる状態の時と違って、今は部屋の中なら歩きまわれるし」 と、瞬を安心させてやらなければならなかった。 そうして5時間後。 超特急で沙織に頼まれた用を済ませた瞬は、城戸邸に戻るなり自分の部屋に飛び込んだのだが、瞬はそこに氷河の姿を見い出すことができなかった。 ベッドの足元で鈍い輝きを放っているネビュラチェーンだけが、そこにはあった。 瞬は、氷河に逃げられたと思うよりも、氷河の身に何か起きたのではないかという不安にかられてしまったのである。10日間もの間、××以外に運動らしい運動もしていない人間が、ネビュラチェーンから逃れようとして何かをしでかし、怪我でもしてしまったのではないか――と。 瞬は、いの一番にベランダに飛びつき、そこから下を見おろした。何はともあれ、ベランダから落ちて怪我をしている氷河の姿がそこにないことを確かめてから、部屋を飛び出て、ラウンジやらダイニングルームやらを探しまわり、それから思い直して、氷河の部屋に向かう。 そこに、氷河はいた。 完全には閉じられていないドアの隙間から室内を覗うと、氷河は、酒の入ったグラスを片手にソファに座り、膝の上のノートパソコンに向かって、 「げ、きゃわの奴、またくだらない話をUPしやがった」 だの、 「昨日おやつをやったばかりなのに、もう腹をすかせてるぞ、ポスペの瞬!」 だのと、何やらぶつぶつ呟いていた。 「…………」 何はともあれ、氷河の無事な姿を見て安心した瞬は、その場にずるずるとへたりこんでしまったのである。 その気配に気付いて振り返った氷河は、そこに、予定より数時間も早く帰宅した瞬の姿を見い出して、目一杯慌てふためくことになった。 「うわ、瞬!」 これは、どう考えても瞬に見られていい場面ではない。 「しゅ…瞬、これは、その……つまり」 氷河の反応は、浮気を見付かった亭主の混乱そのものだった。 「す…すまん! 大人しく繋がれていたかったんだが、どーも、こればっかりは」 「…………」 言い訳がましく指し示した酒のグラスにも、瞬は無言である。 「風呂もな、おまえに身体の隅々まで拭いてもらうのもなかなか気持ちいいんだが、やはり、日本人なら毎日湯船につからんと」 「…………」 「頼めないだろーが! 俺のポストペットの“瞬ちゃん”におやつをやってくれなんて!」 「…………」 氷河の言い訳から察するに、彼は最初から――監禁された晩の翌日から――瞬の隙を見付けては、チェーンを逃れ、自由に城戸邸内を歩きまわっていたものらしい。 その事実を知って、瞬は力なく項垂れた。 ドアにすがるようにして立ち上がり、そして、無言で氷河に背を向ける。 氷河は、瞬に逃亡の事実を知られた瞬間よりも慌てて、瞬の後を追いかけたのである。 |