GMC−0909−SHUN−T15

〜たれたれぱんださんに捧ぐ〜






時は未来、所は地球。

――と、キャプテン・フューチャー風に始めてみたが、要するにちょっと未来の地球である。

広い宇宙に飛び出して未知の星々を訪ね、新しい知識やエネルギーを得るための研究も盛んなところでは盛んなようだが、それはごく一部の研究所と研究者の話。
様々な分野の科学は、むしろ、『日々の暮らしをより快適に、より楽しく』という人類の欲望のためにこそ、発展を遂げ成果をあげていた。

もちろん、人々の生活は快適になった。
個々の家庭内での生活も便利なものである。

――便利になった。
便利にはなったのだが、難しくもなった。
その昔、ビデオが家庭に普及した際、予約録画の方法がわからなくて困惑した人々がいたように、パソコンが普及した際、その機能を使いこなせない人々が数多く出現したように――。

今、人々を悩ませているのは、どこの家にも一体はいるメイドロボ――だった。

メイドロボは、作りものだけに外見はどれも美しく、オーダーメイドも可能で、経済的に余裕のある人々は自分好みの容姿のメイドロボや下僕ロボを使っている。
亡き妻、亡き夫、亡き父、亡き母、亡き恋人の姿を映したメイドロボも存在している。
作られた時期、発売元の会社、そしてもちろん価格によってランクはあるにしても、人工知能を備え、学習能力を持ち、感情もある。 
当然のことながら購入した当初から家事は完璧。

しかし――人間の要求は画一的ではない。
辛いカレーが好きな人もいれば、辛くないカレーが好きな人もいる。
塵一つ落ちていない部屋を好む人間もいれば、適度に散らかっていた方が安心できるという人間もいるのである。

もちろん、そういう要望に応えるために、メイドロボは人工知能を備え、学習能力を持っている。
メイドロボを使用する人間は、ごく標準的なカレーしか作れないメイドロボに、自分の好みのカレーを作らせるため、香辛料の配分、具の切り方、煮込む時間等を彼女(もしくは彼)に教え込むことになる。
一度完璧なカレーの作り方をマスターすれば、メイドロボはそれを忘れることはない。
しかし、たとえば、主人が今日は体調が悪いからあまり刺激のないものをと思った時にも、食欲を増進させるために今日は特に辛いものをと思った時にも、メイドロボは“完璧な”カレーを作る。
そこでまた、人間の苦労が始まるのである。

かくして、人間がいつでも自分の好きなカレーを作らせることができるようになるのに2年半。
2年半後、人間は、次なる課題ハンバーグステーキへと駒を進めるのだった。


メイドロボの機能は完璧。どんな難しいことも教えれば一度で覚え、覚えたことは忘れない。
教える方が上手く教えさえすれば――。


そうすることができてこそ、人は真にメイドロボを使いこなしていると言うことができる。
それが面倒な人間は、メイドロボ販売会社が採用した標準的レシピのカレーを食べ続け、塵ひとつない部屋で生活し続けることになるのだ。

当然のことながら、メイドロボ教育を面倒だと思う人間もいる。
それでいながら、毎日、標準的な味の料理を食べ、塵一つない暮らしを嫌がる人間もいる。
あるいは、たとえ人工生命体とはいえ、人間の言葉を解する、人間の姿をした“他人”が自分の家に入り込むのを厭う者も。



氷河がそうだった。
瞬と二人きりの生活に、蟻一匹、バクテリア一匹の邪魔もいらないと彼は思い、故に彼は一般家庭普及率96パーセントのメイドロボの購入を固く拒否していた。

固く拒否して、瞬の作る焦げた目玉焼きを毎日食べていた。


だが、ある日の午後。

××なコトに及ぼうとして愛する瞬を抱きしめた際、
「いっけない! お洗濯物を乾燥機の中に入れっぱなし! 早く出さないとしわになっちゃう!」
と、その腕から瞬にすり抜けられてしまった、まさに瞬間、彼はメイドロボの購入を決意したのである。


随分固い決意もあったものではあった。





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