石の国の物語

 すれちがう二人 






「ごめんくださ〜い」

いよいよ勇者(!?)氷の国の氷河の、アルゴル邸潜入作戦開始です。

「はい、どちらさまですか?」
勇者氷の国の氷河が礼儀正しく来訪を告げますと、中から使用人と思われる女性が立派な玄関の扉から顔を覗かせました。

「わたくし、氷の国からやってまいりました流しのセールスマンでございます。こちらのご主人様に、ぜひ我が社の刺繍製品をご紹介したいと思いまして」
「あら……」
「とても綺麗でお得な品なんです。ご覧になるだけでも結構ですので、お取り次ぎいただけませんでしょうか〜?」

さすがは勇猛果敢な勇者だけあって、セールスマンの振りも堂に入ったものです。
使用人の女性は、ひたすらぺこぺこ頭を下げ続ける氷の国の氷河を、セールスマンと信じて疑う様子もありません。

「残念ねぇ。あいにく、ご主人様はお出掛け中なのよ」
「は……そうなんですか」
「さっきまでいらしたんだけどねぇ……。とっても可愛らしいお客様を連れてお帰りになって、その方に石の国を案内して差し上げるとか」

「可愛らしいお客……」

氷の国の氷河にとって、『可愛らしい』というのは、合体瞬と小人たちのためにだけ存在する言葉でした。
アルゴルが連れてきたお客というのは、もちろん合体瞬に違いありません。
やはり、合体瞬はこの石の国に来ているのです。

「そうそう、と〜〜っても可愛らしくて、まるで花のように愛らしい方で、私達のような使用人にもすごく丁寧に挨拶して下さってね〜」
「そうでしょう、そうでしょう。ほんとにいい子でしょう」
「え?」

使用人さんの口から出てきた合体瞬への褒め言葉を聞いて、氷の国の氷河はつい、にこにこ。
けれど、『今はそんなことで浮かれている場合じゃないだろーが!』なんて、氷の国の氷河を責めてはいけませんよ。

氷の国の氷河は、小人たちと合体瞬への愛のためだけに生きているのです。
小人たちと合体瞬の存在こそが、彼の生き甲斐で、存在理由。
氷の国の氷河にとって、小人たちと合体瞬は、自分自身よりも大切で価値のあるもの。
合体瞬を褒められるということは、氷の国の氷河には、とてもとても嬉しくて、とてもとても誇らしいことなのです。

ま、でも、やっぱり今は、浮かれていていい時ではありませんでしたけれどね。


「あわわわわ。い、いえいえ、ほんとにいい方だったんでしょうね」
「ええ。そりゃあもう! きっと、アルゴル様はあの方を伴侶にされるおつもりなんだわ。あんなに可愛くて綺麗で優しい方が来て下さったら、私たちも嬉しいわ」

そんなことになったら、氷の国の氷河はまず1日も生き続けていることができずに、世をはかなむことになるでしょう。
そして、今度こそ、彼の身体と心は石になってしまうに違いありません。

アルゴル邸の使用人さんは、けれど、今自分の目の前にいるセールスマンが、そんな切ない宿命を背負った哀れな男だということを知りません。

ですから、彼女は、氷の国の氷河を深い不安の淵にぶち込むようなことを、平気で嬉しそうに言ってのけるのでした。






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