「その可愛らしいお客とアルゴルはどこへ行ったんだ?」 アルゴル邸の使用人さんと、切ない不安に打ち震える氷の国の氷河との会話の間に、突然口を挟んできたのは、石の国の黄金の勇者ミロでした。 結局、彼は、氷の国の氷河の後を追う格好で、アルゴル邸にまでやってきていたのです。 「まぁ、ミロ様! これは失礼致しました。お二人はエメラルドの湖に向かわれました」 「そうか」 氷の国の氷河が背負った風呂敷包みの向こうに石の国の黄金の勇者の姿を認めて、アルゴル邸の使用人さんは慌てて、彼の前に腰を屈めました。 氷の国の氷河が絡まないと、話はスムーズに進みます。 「さぁ、私も仕事に戻らなくちゃ」 「ど……どうもお邪魔しました」 「また、明日にでも来てみたらどうかしら。今、ご主人様は、すっごく機嫌がいいみたいだから、きっとたくさん買ってくれるわよ」 「ありがとうございます。では、失礼いたします」 勇者氷河は、最後まで低い腰を保ち、親切な使用人さんに丁寧にお礼を言って、アルゴル邸を辞しました。 セールスマンは、たとえ商品を買ってもらえなくても、礼儀とお客様への感謝の気持ちを忘れてはいけません。 感謝と礼儀と笑顔を忘れず、お客さまに好印象を与えておけば、次のチャンスはきっと巡ってくるものなのです。 氷の国の氷河は、セールスマンの資質には恵まれているようでした。 この場合は、何の役にも立ちませんが。 「では、エメラルドの湖に行くとするか」 アルゴル邸の門を出ると、黄金の勇者ミロは、門前の警備員にまでぺこぺこお辞儀をしている氷の国の氷河とは対照的に、ひどく倣岸な口調でそう言いました。 「あ……あなたも行くんですか?」 氷の国の氷河が尋ねると、ミロは、至極当然という顔で頷きました。 「君は石の国は初めてなんだろう。道案内が必要じゃないか」 「それはご親切に、どうもありがとうございます〜」 俗に、渡る世間は鬼ばかりと言いますが、世の中まだまだ捨てたものではありません。 ついさっき知り合ったばかりのミロの親切に、氷の国の氷河は感激し、心の底から感謝しました。 そして、もちろん、何度もぺこぺこ頭を下げました。 「さあ、行くぞ!」 「はい〜」 すっかり下僕気質が身についてしまった氷の国の氷河は、ミロの言葉に素直に従います。 氷の国の氷河は、ミロが、そのココロの中で、 (エメラルドの湖といったら、定番のデートコースじゃないか。それにさっきの使用人の話からすると、こいつの贔屓目抜きにしても、瞬という子は相当可愛い子らしいな……) なーんて、危険なことを考えていることには、気付いてもいませんでした。 『男の商売敵は男』という証明不要の公理を、氷の国の氷河は、まるで知らなかったのです。 |