見本誌伝説




それは、小人たちが、ほんの少しコミケに慣れてきた頃のことです。

小人たちは、近付いてくるコミケのために、コピー誌の製本作業中。
その時、事件は起こりました。

製本の糊付けを担当していた6号が、糊に足を取られて動けなくなってしまったのです。
「うわ〜ん、動けないよぉ〜っっ;;」
と泣き出してしまった6号に、いつも冷静な9号が慌てず騒がず、
「靴を脱げばいいじゃない」
「え?」

そうです。
9号の言う通り。
6号は、靴を脱いだらあっさり糊地獄から脱出できてしまったのでした。

けれど、その靴はもうすっかり糊で固定されてしまって、押しても引いてもはがれません。

6号の靴が貼り付いたその本は、もう売り物にはなりそうもありませんでした。
「仕方ないね。この本は見本誌にしよう」
と、9号。

さすがは商魂たくましい9号です。
製本に失敗した本すらも無駄にはしないのでした。



ところが、この事件には続きがあります。

イベント会場でサークル受付のために、6号の靴付きの本をテーブルに置いておいたら、小人さんフリークのお姉さんがそれを見つけ、
「わぁ、可愛い! 小人さんたち、これも売り物なの? 売り物なら、私に売ってちょうだい!」
と、熱心に頼み込んできたのです。

けれど、小人さんフリークはそのお姉さんだけではありません。
横から別のお姉さんが出てきて、
「私に売ってちょうだい! 定価の5倍(50円)出すわ!」
「何よ、あなた! 私が先に小人さんに頼んだのよっ、横入りしないでよ」
「先も後も横も縦もないわ! 9号ちゃん、私、10倍出してもいいわよ!」

その頃には既に、小人たちの個性が周知のものとなっていました。
本の売り買いの話を誰に持ちかければいいのかをしっかり心得ていた別のお姉さんが、9号をご指名です。

「あ、それなら、僕は15倍!」
「俺は20倍だ!」
「私、25倍!」
「40倍出すぞ!」

いつの間にか、小人さんサークルの前では、小さな靴付き見本誌のオークションが始まってしまいました。
本来なら止めに入るべきサークル受付のお兄さんまでがオークションに参加しているとあって、値段はうなぎ上りです。
小さな靴付き見本誌のオークションは熾烈な争奪戦が繰り広げられ、結局、最後の最後に現れた、いかにもオタクなお兄さんがその見本誌を競り落としました。


値段は定価の10000倍。

競り落としたお兄さんが、その見本誌をどうしたのか、知る者は誰もいません。