神殿の祭壇の上にアヤしい壺を置くと、ニコルはその壺をしげしげと観察しました。 

けれど、アヤしい壺には、アヤしい笑顔が貼りついているだけで、フタもありませんし、封印用の護符も貼ってありません。
中を覗いてみると、何やらほんわかしたピンク色の空気が漂っています。


あんまり危険そうな雰囲気も感じられなかったので、ニコルはちょっと壺の中に手を入れてみました。

そうしたら、何かがニコルの手に触れたのです。
ニコルが壺の中から手を出してみると ニコルの指先には、何やら小さな物体がへばりついていました。
鈴なりになって。


その物体は、それはそれは小さくて、可愛い三角帽子をかぶった、まるでお人形のような小人たちでした。
しかも、数えてみたら15人もいるのです!


「☆●◇☆▽〜♪」× 15

聞いたことのない言葉を発しながら、祭壇の上にわらわらわらと小人たちが湧いて出たのに、ニコルは超ドびっくり。

「あわわわわわわ、何だこりゃ〜っっ !! 」

ニコルのクソ真面目ながらも素っ頓狂な雄叫びを聞きつけて、
「どうかなさったんですか、ニコル様!」
と言って神殿に飛び込んできたのは、聖域の助祭司で青銅聖闘士でもあるユーリさんでした。

女性なので、仮面をつけています。
女性なので、可愛いものが大好きです。
ついでに、順応力もあります。

ユーリさんは、アテナ神殿の祭壇の上に勢揃いした小人たちに気付くと、驚きもせずに、浮かれた歓声をあげました。

「わぁ、可愛〜っっ !! 」


小人たちは、何やら楽しげに笑いながら、歌を歌っているような言葉をニコルとユーリさんに連続発射。
語学堪能なニコルにも、その言葉はまるで理解できないものでした。

なのに、いったいどういうことでしょう。
ユーリさんには、小人たちの言葉がわかるようなのです。

「あら、ケーキを食べたいの? でも、ここにはケーキはないのよ」

いつもはニコルとおんなじくらい生真面目なユーリさんが、今日は口調もやわらか、小人たちの笑顔につられたのか、にこにこにこにこ笑っています。
仮面をつけていても、笑っているのがわかりました。

「ニコル様。小人さんたちはケーキが食べたいそうですよ」
「ケーキが食べたいって……。君はこの子たちの話している言葉がわかるのか? この謎の物体たちは何語を話してるんだ?」
「ギリシャ語だと思いますけど……?」

おそらく、日本人なら日本語、アメリカ人なら英語と答えたに違いありません。
それは、おそらく、メルヘンを受け入れられる人間にだけ通じる言葉だったのでしょう。

「私にはわからない」
クソ真面目でメルヘンを信じている暇のないニコルには、通じない言葉だったのです。


「だが、ちょうどいい。それが気に入ったのなら、君が連れて行ってくれ。笑っているだけで特に害もなさそうだし」
「いいんですかっ♪」

ニコルの言葉を聞くと、ユーリさんは嬉しそうに声を弾ませて、小人たちを自分の部屋に連れていこうとして、手招きをしました。
けれど、小人たちはいやいやをするように、アヤしい壺の側から離れようとしません。

「ニコル様。小人さんたちは、小人さんたちを外に出してくれた人の側にいたいんだそうです。残念だわ。また、小人さんたちに会いに来てもいいですか? 私、明日、町まで行って、ケーキ買ってきますから」

「…………」

聖域の聖闘士が――しかも、仮面をつけた女聖闘士が――町に出ていってケーキを買ってくるなんて、前代未聞のことです。

ユーリさんは、どうやら、小人たちの明るい笑顔に目がくらみ、冷静な判断力を失ってしまったようでした。
ニコルには、そうとしか思えませんでした。






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