「あれ? 9号はイガイガを睨んで何してるの?」
イガイガの前に立つ9号の後ろ姿に最初に気付いたのは、ひときわ大きな栗を抱きしめて、ふわふわ気分でいた4号でした。

「また何か、テツガクテキなことでも考えているんじゃないの?」
そう答えたのは、『モ・ン・ブ・ラ・ン〜♪』のお味を想像して、すっかり夢見心地の14号。

そして、
「ねえねえ、テツガクテキってなぁに?」
という素朴な疑問を口にしたのは、『マロンタルト大々々好き』のダンスを踊り終えた8号でした。

「うーん。僕もよくは知らないけど、人間の幸せって何なのかとか、人間は何のために生きてるのかとか、そんなこと考えることなのかなぁ」
「そんなの、愛とおやつのために決まってるじゃない。考えるまでもないことだよ」
「うんうん。考えるまでもないことだよね〜」× 14

そんな人生の真実なんか、とっくの昔に知り尽くしているはずの9号が、どうして今更そんなことを考える必要があるのでしょう。
小人たちは、ふわふわ気分のまま、夢見心地のまま、ダンスの後のスキップを止められないまま、揃って首をかしげました。

仲間たちの疑惑に答えられるのは、当然のことながら9号だけです。
9号は、ふわふわ気分で、夢見心地で、ダンスの後のスキップを止められないままでいる仲間たちの側に戻ってくると、とってもシリアスな顔をして言いました。
「その考えるまでもないことが、考えてもわかんない人もいるんだよ」

けれど、9号の言葉は、ますます彼の仲間たちを混乱させることになったのです。
「えーっ、どーしてそんな簡単なことがわからない人がいるのーっ !? 」× 14

「そりゃあ……誰かを愛したことがなくて、誰からも愛されたことがなくて、おいしいおやつを食べたこともない人には、その真理がわからないじゃない」
「そ……そんな……」× 14

誰かを愛したことも、誰かに愛されたことも おいしいおやつを食べたこともない人──それは、なんて悲しい人なのでしょう。
そんな人がこの世界にいるなんて、小人たちには想像もできないことでした。
でも、もし、本当にそんな人が存在するだとしたら──。
それはあまりに悲しすぎます。

「でも、愛されるには愛してくれる人が必要だし、おいしいおやつを食べるにはおいしいおやつが必要だけど、誰かを愛するのは誰にだってできることなんじゃないの?」
「何にも必要ないもんね」
「うんうん。道にお花が咲いてたら、お花を愛せるし」
「お空が青かったら、お空を愛せるし」
「氷河が優しかったら、氷河を愛せるし」
「何かを愛するのには、お金も道具もいらないよね〜」

そう。
それは、誰にだってできること。
できない人なんているはずがありません。
いるはずがないと、小人たちは思っていました。

けれど、9号は、悲しそうな目をして、仲間たちに言ったのです。
「世の中には、愛し方を知らない人もいるんだよ」
「えーっ、何でーっ !? そんなの、誰だって知ってることでしょう? 周りを見たら、きっと誰かが誰かを愛してるんだから、その真似っこすればいいだけじゃない」
「うん。そうなんだけどね。世の中には、誰かが誰かを愛している事実が、見えない人もいるんだ」
「えええええ〜っっ !!!!???? 」× 14
「そして、自分が誰かに愛されていることに気付いていない哀れな人間も、この世にはいっぱいいるんだよ」

「そ……そんな……」
「そんなのって……」
「かわいそうだよ……」
そんな気の毒な人が、この世界に本当にいるのでしょうか。
9号の言葉を聞いた小人たちは、なんだかとても悲しい気持ちになってしまったのです。

氷の国は小さくて貧しい国でしたし、大蔵大臣が大変な倹約家なので、その暮らしぶりはあまり豪勢なものではありませんでした。
そんなふうに質素倹約な氷の国で、けれど、小人たちは、愛にだけは飢えたことがありません。
氷の国は、いつもいつでも、愛だけは──愛だけは! 実りの秋を迎えた氷の森よりも豊かに満ちあふれている国だったのです。