壺を愛するあまり内緒で長崎から出てきたミロ医学者と、その友人カミュ物理学者は、風の強い日の出桟橋で、壺を乗せた荷車の到着を待っていました。
この風の向きと強さなら、荷物を受け取ってすぐに、長崎に向かって出航することができそうです。
ミロ医学者は、何もかもが自分の都合良く進むのに、とてもご機嫌でした。

そんなミロ医学者に、大袈裟なマントを潮風にばっさばっさとなびかせながら、カミュ物理学者が尋ねます。
「あの壺のどこがそんなにいいのか、私にはさっぱりわからないのだが……」

「私の美意識を理解してほしいな。あの壺には、何か運命的なものを感じさせる神秘性がある。東洋の神秘の髄を極めたあのラインは実に魅惑的だし、壺の表面の微妙な煤け具合いは歴史の浪漫を感じさせる。しかも、あの手触りの見事さと言ったら──」

ミロ医学者に壺を語らせ始めたら、一晩だけでは終わりません。
カミュ物理学者は、ミロ医学者の延々と続く壺話に付き合わされてはたまらないとばかりに、素っ気なく言いました。
「私はそこの茶屋にいる。荷が届いたら知らせてくれ」

「……わかった」
せっかく乗り乗りで得意のウンチクを披露してやろうとしたところを中断させられて、ミロ医学者は微かに眉をしかめました。

(物理のような堅苦しいものとばかり向き合っているから、芸術に疎くなるのだな。まぁいい、船の旅は長い。カミュには、船の中でじっくりと芸術について講義してやろう)
──と、勝手に二人分の予定を立てながら海を眺めるミロ医学者のその姿は、傍から見ているだけなら、煤けて(実は)何の価値も無い砂糖壺なんかよりずっと絵になっています。

でも、ミロ医学者の審美眼の有無については、ひとまず置いておきましょう。
花のお江戸の小人たち入り砂糖壺を載せた荷車が、桟橋に到着したようですからね。







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