「ねえ、何か、向こうの方が騒がしいよ?」

運命の神様に見守られながら、小人たちが辿り着いた甲板の上。
11号が指差した方を見ると、そこには何やら黒山の人だかりができていました。

「よし、行ってみよう」
小人たちは好奇心も旺盛です。
たくさんの人の足の間をすり抜けて、人だかりの中心に向かった小人たちが、そこで目にしたのは、激しい光速拳バトル漫才を繰り広げているカミュ物理学者とミロ医学者の姿でした。


「ビフィズス菌の愛らしさを理解できんとは、嘆かわしい!」
「科学反応式文字列の華麗さがわからない者が何を言うか!」
2人は飽きもせず、呑気に、漫才を続けています。

「あー、おじさんたち、見ーっけ!」
どうやら、花のお江戸の小人たちのお食事のスポンサーという大事な仕事を忘れてしまっているらしい2人の足許に、小人たちはわらわらわらと駆け寄っていきました。

「こんなとこで漫才してないで、お夜食のカラスミ食べさせてー」
「ちゃんぽんも忘れないでね〜」

「こ……小人姫、目が覚めたのですか」
「やぁ、可愛子ちゃんたち。今、ちょっと取り込み中だから、あとにしてくれる?」
カミュ物理学者とミロ医学者は、普通の人間の目には見えない光速拳を打ち合いながら、あくまで自分たちの漫才バトルを続行しようとしています。

その時でした。
「ちょっと待って! いったい、ここはどこなのっ !? 」
9号が、いきなり辺りに大声を響かせたのは。

「どうしたの? 9号」
「みんな、ここから外を見てごらんよ」
「ああっ、海だ」
「ここは船の上なの?」

「そう、阿蘭陀行きの船の上だ」
その件については了承済みだったはずだと言わんばかりの口調で、カミュ物理学者は、驚きに目をみはっている小人たちに言いました。
けれど、小人たちには、そんな話は寝耳に水も同然です。
だいいち、小人たちはまだ、長崎での用事を全部済ませていなかったのです。

「おらんだ !? 」
「えええええっ !? じゃあ、長崎ちゃんぽんとカラスミはどうなるの?」
「阿蘭陀には、ちゃんぽんやカラスミよりもっとおいしいものが、たくさんありますよ」

「でも、僕たちは、今は、カラスミが食べたいんだもん」
「長崎のちゃんぽんがいいんだもん」
「カラスミー」
「ちゃんぽんー」
「……くすん」
「……うっ……うわあぁぁぁぁん……っ !! 」
「えーん、えーん、えーん」× 15

小人たちは、楽しみにしていたカラスミとちゃんぽんが食べられないと知って、大粒の涙を零しながら、大声をあげて泣き出してしまいました。

「あーあ、泣かせた」
「こ……小人姫、どうか泣きやんでください」
「あーん、あーん、あーん !! 」× 15

カミュ物理学者が慌ててなだめに入りましたが、小人たちの悲しみは目前の海のように深く、その涙は止まりそうにありませんでした。







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