明治の中期に建てられたというその洋館は、鬱蒼と茂る喬木の林によって外界から隔てられていた。
門をくぐるなり、星矢の視界から春の青空が消え失せる。
それは、新婚ごっこを楽しんでいる二人の住み処にしては、暗く重苦しすぎる雰囲気をまとった館だった。


星矢を出迎えてくれた瞬は、予告のない旧友の来訪を驚きはしなかったが、あまり喜んでいるようにも見えなかった。
かと言って、不快に思っているようでもない。
星矢は、瞬の表情に、正の方向に向くものであれ、負の方向に向くものであれ、感情らしい感情を見い出すことができなかったのである。
半年ぶりに会った瞬には、以前の彼がいつもその身にまとっていた瑞々しい生気が、全く感じられなかった。

瞬は、まるで長く患った病人のようにひどくやつれ、青白い頬をしていた。

「なんだよ、瞬、その顔! 二人きりでこんなとこにこもって、やりたい放題してたのか? お盛んなのは結構だけど、身体のことも考えろよな」

冗談交じりの挨拶に、瞬は笑いもしなければ、恥ずかしがる様子も見せない。

「……ここに来てから、氷河はキスひとつしてくれてないよ」
「え?」
「あ、ううん」
「?」

口ごもりながら、それでも、瞬が星矢を館の中に招き入れる。
星矢が想像していた新婚家庭のそれとは違う空気が、その館には満ちていた。
玄関のホールの中央に、重々しい一対の獣の角が飾られている。
新婚家庭に飾るには、まるでふさわしくない調度品を見て、星矢は眉をしかめた。

「何だ、これ?」
「牛の角……。魔除けなんだって」
「魔除け〜 !? 何だよ、ここは呪われた館か何かなのかよ?」
「そんなことないよ !! 」

軽い冗談に、瞬がまた、予想外の反応を示す。
星矢は、何か嫌な予感を覚えた。

古い館の外観だけではない。
瞬の様子も、館の中の空気も、そこは、何か、どこかが、星矢の想像していたものとは違っていた。

瞬以外の人間の前で相好を崩している姿を見られたくないから、氷河はここで瞬と二人きりの生活を営むことにしたのだろうと、星矢はこれまで思っていた。
ピンクのレースのカーテンとまではいかなくても、花くらいは飾ってあるものと思っていたのに、出迎えたものは牛の角。

星矢が訝るのも無理のない話ではあった。


「……氷河はどこだよ」

館の重苦しい雰囲気に呑まれたように、星矢の言葉までが沈んだものになる。

瞬が案内してくれたのは、洋館の長い廊下の北の端にある部屋の、樫の木でできた扉の前だった。






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