――11時を回った頃だったろうか。
しんと静まった夜の静寂の中から、星矢の耳に低い声が聞こえてきたのは。

古い館は、城戸邸とは違って、防音設備も整えられていない。
都会の喧騒もなければ、夏や秋に鳴く虫たちの声もない季節。

壁を一枚隔てたところで発せられているのだろう瞬の声は、夜の静寂の中で、耳許で囁かれているのと大して変わらないほどの明瞭さで、星矢の耳に届けられた。



「氷河……。起きてるんでしょ」

1分――いや、もしかしたら、それはほんの数秒だったかもしれないが、星矢には、ここでは時の流れすらもおかしくなっているように感じられていた――ほどの沈黙の後に、氷河のためらいを載せた声が聞こえてくる。
瞬の声ほど明瞭でないその声は、おそらく部屋を一つ隔てた場所から発せられているからなのだろう。

「星矢がいる」

「構わないでしょ。どうせ、何をするわけでもないんだから」
「瞬」
「早く!」

星矢は、これから何が起こるのかもわからないというのに、思わず息を飲んでいた。
この静寂の中では、息を飲むその音すら、瞬に聞こえてしまうのではないかと懸念しながら。

「……そこに、横になれ」

氷河の声は、瞬のそれよりは不明瞭である。
隣りの部屋に二人がいるのではなく、二人が壁越しに言葉を交わしているのだということは確かなようだった。

瞬は自分たちの会話を聞かせるために、この部屋を自分に当てがったのだと確信して、星矢は耳をそばだてたのである。






【next】