「おまえ、今、何を考えている」
「初めて、氷河と一緒に夜を過ごした時のこと」

「イタリアのホテルだ」

「そう。氷河が、恐いくらい青い眼で僕を見詰めてた」
「…………」
「僕は、ほんとに恐かった。でも、その時を待ってたの。恐かったけど、待ってたの」
「……瞬」
「あの時みたいにして」


瞬の声が艶めいている。
壁を隔てている星矢にも、それが感じとれた。

しばしの沈黙が、星矢に届けられる。
静寂すらも音を持っているような夜だった。


「おまえは白いノースリーブの麻のシャツを着ていた。ボタンを外すのが面倒で、俺は、おまえにキスをしながら外した」
「最初の3つだけね。残りは引きちぎったよ。後で僕、自分でボタンつけしたんだから」
「悠長に構えていられなかったんだ。早く、おまえが欲しくて」
「だから、僕は許してあげたの」


「ベッドにもつれるようにして倒れ込んで、おまえの心臓が可愛そうなくらい波打ってるのがわかった」
「僕は、氷河がびっくりするくらい猛ってるのがわかって、驚いたの。もう、後戻りはできないんだって、思った」

「それを知らせるために、わざとおまえに押し当てたんだ」
「そう…だったの? あ……」
「なんだ? もう感じてるのか」
「そうだよ……。あの時とおんなじに」

「嘘をつけ。あの時、おまえは、戸惑っているようで、恥ずかしがってばかりで、俺がどこかに触れようとするたびに逃げようとしていた」
「は…恥ずかしかったんだもの。なのに、氷河は――」
「俺はおまえを早く全部見たかったんだ」

「そうだね……あの時から、氷河は見る側で、僕は見られる側で……それがいけなかったのかな……。僕は……ずっと眼を閉じていた……」
「俺はずっとおまえを見ていた……。胸にキスしている時も、腕に舌を這わせている時も、おまえの身に着けているものを全部取り除いた時も、その脚に手をかけた時も、ずっと、おまえの表情を窺っていた」
「あ……」

「おまえの身体は不思議だった 華奢で細くて白くて綺麗で、女とも違う、男でもない、だが、子供でもなくて……」
「……氷河」
「怒るなよ。それまで、俺は幾度もおまえを俺のものにすることを考えていた。おまえの身体は、俺の想像していたのよりずっと……そう、性的じゃなかった」

「どんなふうに……僕、変だったの」
「性のない天使なら、こんなふうな身体を持っているのだろうかと思った。おまえはどこもかしこも清潔で、なのに、滑らかで、ああ、特に足だ。小さくて綺麗で、俺はそれまで他人の足の指を口に含みたいなんて思ったこともなかった」
「僕だって、びっくりしたよ。だって、ああいうことって、あ……」

「咥えられるなら、他の場所だと思っていたのか」
「あっ、だって……」
「感じてたじゃないか」
「だって、氷河の舌が動く…んだもの。あんなふうに、絡みつくみたいに……」
「ちゃんと、おまえが期待していたところも、同じようにしてやったぞ」
「期待してたわけじゃ……んっ……」
「なかったのか」

「ど…どんな気持ちになるんだろうって考えてただけ」
「身体はあんなに綺麗だったのに、そんなことを考えていたのか、おまえは」
「どんなことされても平気な振りしてなきゃならないって思ってたんだもの」
「平気な振りなんかできてなかった」
「だって、まさか、あんなに……」
「あんなに?」
「あんなに……ああ……っ!」

「まだ、我慢してろ」
「だって、氷河……っ」
「まだだ。……まだ」


「俺だって驚いたんだ。普段のおまえからは想像もできない……声や、大胆さに」
「だって、あの国はどこか違ってたんだもの。空気も、雰囲気も、風も、氷河が僕を見る眼も……あ……」


瞬の言葉の何かが、氷河の気に障ったのか、ふいに氷河の声が沈む。
「そうだったな……」

言葉を途切れさせた氷河に懇願する、瞬の声が聞こえた。


「や……やめないで。ごめんなさい、もう言わない。氷河、僕を早く……!」
「おまえ、まだ熱いのか」
「氷河は違うのっ !? 」

「……いや。おまえ以上に、多分――」
「なら、早く、僕を……! どうにかして……」

「じゃあ、身体を開いてみせろ。自分で」
「そ…そんなの、やだ」
「どうして」
「恥ずかしいもの」
「俺に開かれるのは平気なのか」
「……!」

「いいから、開け。気持ちよくしてやるから」
「ほ…ほんと…?」

「ああ、ほら、指を入れるぞ」
「やっ……やだ、そんなこと」
「もう、おまえの言葉は信じないよ、瞬」
「氷河……っ!」



氷河の声は抑揚がなく、瞬は苦しそうに喘いでいる。
これは、本当に、触れ合っていない二人の人間の会話だろうか。

星矢は手で耳をふさぎかけたが、瞬の喘ぎ声が、音を完全に遮断してしまうことを、星矢にためらわせた。
二人が何をしているのか、星矢にはわからなかった。


いや、わかってはいる。
言葉でのセックス――というものなのだろう。

だが、なぜ、そんなことをする必要があるのか。
二人を隔てているのは、ただ一枚の壁ではないか。
そうしようと思えば、すぐに取り除くことのできる、もろい壁だけ――だというのに。






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