「その夜からだよ。僕、どんどん体調が悪くなって、でも、初めての場所だし、日本とは気候も全然違うとこだし、変だとは思っていなかったの。それまでだって、氷河に見詰められて胸が苦しくなることはあった。そういうものだと思ってた」 「…………」 普通なら、のろけとしか思えないセリフである。 だが、のろけているはずの瞬の眼差しは沈鬱そのものだった。 「でも……それからも、僕たちの行く先々で、そんな事故が続いたんだ。氷河にぶつかった人の乗ったエレベータが故障して、その中に閉じ込められたり、氷河の懐を狙ったスリが逃げるために飛び乗ったゴンドラが沈みかけたり、偶然のことだけど、偶然が重なりすぎた」 眼差しだけでなく、瞬の口調もひどく重い。 ソファにあぐらをかいて聞くような話ではないのだろうと感じて、星矢は組んでいた脚を床につけた。 「噂が広まるのが早い街だったよ。氷河、もともと目立つしね」 瞬と一緒にいたのなら、なおさらだったろう。 「信じられないでしょ。この21世紀に、僕たち、魔眼者を泊めておくことはできないって言われて、ホテルを追い出されたんだよ」 ヴェネツィア――。 星矢の中にあるヴェネツィアのイメージは、地中海性の気候とゴンドラとカーニバルでできていた。 日本からの観光客も多い、高級ブランド店が軒を連ねる街である。 そんな迷信深さとは無縁の、明るい街だと思っていたのだ。 「僕の体調は悪化する一方だったし、僕たちは、イタリア旅行は途中で切りあげて、日本に帰ってきた。でも、僕の体調は元通りにならなくて、食欲は落ちるし、病院に行っても医者は首をかしげるばかりだし」 その頃は、瞬も氷河もまだ城戸邸にいたので、星矢も事情は知っている。 闘いで負った怪我以外のことで聖闘士が病院に通うなんてと、星矢は瞬をからかっていたのだ。 「氷河、その頃から、そういう本を読み始めたの。ニコロ・ヴァレッタの魔眼研究とか、アルベルトゥスの秘法とか」 確か、氷河と瞬が日本に帰ってきてから間もなく、氷河がシベリアに1週間ほど帰郷していたことがあった。 途端に瞬の体調は快方に向かい、だが、氷河が日本に戻ってくるや、瞬はすぐにまたベッドから起き上がれない状態になってしまったのである。 星矢も、その時には、さすがに不思議に思った。 逆ならわからないでもないのに――と。 |