「ある日、氷河が言ったの。『迷信深いイタリアの空気に触れて、俺の眼の妖力が目覚めてしまったのかもしれないな……』って……。それだけ言って、それから、氷河は僕を見てくれなくなった」

「妖力?」
「そう、妖力。魔眼ってね、見た人を不幸にする眼なの。見た相手から生気を奪う力を持った眼のことなの」
「…………」

「これまでの闘いで、僕たちが、到底勝てるはずのない相手に勝ってこれたのも、自分の魔眼のせいじゃないかって、氷河は思い始めてた。母親に師に友人――本当なら死ぬはずのなかった人たちを自分が殺したんだって、氷河は信じてしまったの」

「そ……そんなはずねーだろ……!」

馬鹿げた話だと、星矢は、氷河の出した結論を一笑に付してしまおうとした。
だが。

「そして、沙織さんにこの館をもらった」

そうなのである。
この洋館は、沙織が氷河に与えたものだった。
沙織は――女神は――、無論、氷河の至った結論を彼から聞いて、その上で、この館を氷河に与えたのだろう。
なぜ、彼女は、氷河の思い込みを笑い飛ばしてしまわなかったのか。
氷河の眼に潜む力は、彼の思いこみではなかったというのだろうか。

星矢にはわからなかった。
氷河は瞬を見詰める、その百分の一も仲間たちを視界に入れる男ではなかったし、だから、星矢は氷河の妖力の影響など受けようもなかったのだ。


氷河が城戸邸を出ると、瞬は、すぐに氷河を追いかけていった。
星矢たちは、二人の後を追わなかった。
ヤボなことになるだけだと思ったのだ。



「……人の眼に宿る力を否定するわけじゃないよ。瞳は命のあることを証明するレンズで、実際、眼を見れば、僕は、ある程度、その人の人となりがわかる。案外、人は他人の眼をじっと見詰めないものだけどね……」

ほとんど氷河と接することもできないまま、瞬はこの館で、辛い思いに耐えながら時を過ごしていたのだろう。
それでも、瞬は氷河を見捨てることができなかったに違いない。
氷河が寂しがりやなのを、瞬は誰よりも知っていた。



「そのせいで死んでしまってもいい。僕は――僕は、氷河に見詰められたい……」

これまで一人で耐え続けてきた瞬の瞳から、涙の雫が一粒零れ落ちた。






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