「氷河、僕、もう我儘は言わないから、我慢するから、ちょっとだけ顔を見せて」

堅く閉ざされたドアに向かって、瞬が静かに話しかける。

「一瞬だけでいいから。大丈夫だよ。氷河に見詰められて、具合いが悪くなるのは、数分以上見られてからだもの。もう我儘は言わないから。その一瞬で一生我慢できるから」


「……瞬」
扉の向こうにいる魔眼者は、その穏やかな響きに戸惑っているようだった。


かなりの間をおいて、重い木の扉が、まるで外の空気を恐れるようにゆっくりと開けられる。
海よりも空よりも青い、青すぎて黒にも見える瞳がそこにあった。

瞬が、一歩だけ、その部屋に入る。

「この一瞬で我慢できるから」

「瞬……」

そして、瞬は、これが永遠の見納めなのだとでも言うかのように、氷河の魔を帯びた眼を見上げ、見詰めた。

瞬の視線に動きを封じられてしまったような氷河もまた、瞬の瞳を無言で見おろす。


二人はじっと互いの眼を見詰め合っていた。

数十秒――否、数分が経っていたかもしれない。


やがて、その場に崩れ落ちたのは氷河の方だった。






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