「で?」

自分で自分の眼を潰したことのある男は、星矢にその先の言葉を促した。

「うん……。なんつーか、俺も驚いて、氷河を助け起こしながら、瞬の眼を見たんだけどさ。瞬の眼って――氷河の眼が人の生気を奪いとる力を持ってるなら、瞬の眼はその反対なのな。生気を放射してるんだ」

星矢は、二人をあの館に残したまま、城戸邸に帰ってきていた。
あの館に、もう魔眼者はいない。

「あれって、氷河にだけ有効な力なのかなぁ……。俺には、氷河の眼が瞬の眼に負けたみたいに見えた」

ただの幸せな恋人たちがいるだけである。


「愛は無限というからな」
紫龍は、肘掛け椅子のアームに肘をついて、悟ったような顔を星矢に向けた。
それでも、自分の与り知らぬところで進展していた事件の顛末がハッピーエンドだったことを、彼が喜んでいるのは、星矢にもわかった。


「なぜ、氷河と瞬は帰ってこないんだ」
「氷河がさー、瞬なら安心だけど、瞬以外の奴を見るのはまだ恐いって」
「――素直に、俺たちの顔など見ていたくないと正直に言えばいいのに」

呆れたように言う紫龍に頷き返しつつ、一応、星矢は氷河を庇ってみせた。
「まあ、二人っきりでしたいことも色々あるんだろーし」

「他人の干渉は邪魔か」
「そーゆーこと」

紫龍にそういう報告ができることを、星矢もまた、心から喜び、安堵もしていた。

あのまま、氷河が瞬を避け続けていたら、毎日瞬が泣き暮らしていたら、自分はきっと瞬を慰めたくなって、そして、その挙句に、瞬にどんな思いを抱くようになっていたかわからない――と、星矢はそれを危惧していたのだ。
瞬の、友人や戦友として以外の部分を知っているのは、氷河だけでいい。
あの瞬に、それ以外の部分があることなど、星矢は知らぬままでいたかった。


「――なあ、紫龍。魔眼って、ほんとにあると思うか? 俺は、自分にふりかかってきた不幸を誰かのせいにしたがる奴等が、勝手に作った迷信だと思うんだけど」
「何とも言えないな。沙織さんが氷河にあの館を与えたのは、氷河の眼の力を認めたからなんだろうし、実際、人の眼に何らかの力があるのは事実のようだ」
「うん、そうだな……」

実際、瞬は、眼の力で氷河を圧した。
冷酷な人間に見詰められれば、人はぞっとし、温かな眼差しには安らぎを覚える。

「なに、いつも優しい気持ちで人を見ていれば大丈夫さ。万が一の時には――」
「万が一のときには?」

反問した星矢に、紫龍が真顔で冗談を言う。
「邪悪な眼を潰してしまえばいい」

実際に自分の目を潰したことのある紫龍に言われると、それは笑えない冗談だった。
星矢が、嫌そうに肩をすくめる。

「まあ、大抵は無意味なんだがな」
星矢のその様子を見て、紫龍は、自嘲気味に薄く笑った。




――眼は魂の輝きが宿る場所。
そして、魂の輝きは、眼で捉えることはできない。

それを捉えることができるのは、やはり人の魂だけなのだ。






Fin.






【back】