「で、この子のスキャンダルを探り出せ、と?」 「この子が一言、『セイントイレブンのメープルロールのパンが好き』と言えば、次の日、日本国中のセイントイレブンからメープルロールが消えるほどのスーパーアイドルだ。この子のスキャンダルを獲得できれば、うちの本も発行しただけ売れまくるだろう。どうも最近、可もなく不可もない売上が続いていて、ぱっとしていないんでな、うちの雑誌は」 氷河が、某出版社発行の週刊誌の編集長をしている大学時代の友人に声をかけられたのは、それまで撮り続けていたシベリアの自然をモチーフにした写真集の編集作業が終わったばかりの時だった。 シベリアで1年、帰国して編集作業に3ヵ月。 そのたった3ヵ月間で、しかし、氷河の頭の中には、標準的日本人が知っている城戸瞬に関しての情報がすっかりインプットされてしまっていた。 これまで城戸瞬が発売した曲は朝から晩まで街中で流れていたし、世間に流布している彼に関する情報は、ごく僅かだったのだ。 趣味がガーデニングで、特技があやとりという、訳のわからない16歳。 出身地・家族構成等のプライベートは一切謎。 デビューに至った経緯も全く知られていなかった。 デビューのその時から個人事務所を構えていたことからして、よほどのバックがついているのだろうことは確かだが、その事務所の社長兼マネージャーのガードが異様に強固で、スキャンダルを探り出すどころか、直接インタビューすら滅多に受けつけてもらえない――らしい。 「またシベリアに行く金が欲しいんだろ? おまえの写真は素晴らしいが、売れる写真じゃないんだよ。写真集の表紙におまえの顔のどアップでも出さない限り、今度の写真集でおまえの懐に入ってくる金も微々たるもんだろう」 大学の同窓生である編集長は、城戸瞬の生い立ちを探り出したら1年間分のシベリア滞在費、もし誰かとの密会現場でも押さえた日には、その倍額を出そう――と、氷河に提案してきた。 ロシアから日本の大学に留学してきて、卒業後日本への帰化申請を出した友人は、氷河と違って、故国の自然に愛着など抱いてはいないようだったが、それでも氷河の仕事の良き理解者ではあった。 彼の提案は、半ば以上が友情と好意から出たものだったろう。 氷河は、その金が喉から手が出るほど欲しかったのである。 綺麗事を並べる気はなかった。 氷河は人を拒絶するようなシベリアの過酷な自然が好きだった。 東京の人混みの中にいると、息が詰まるような気がする――のだ。 「しかしな、アイザック。俺は風景専門のカメラマンで人物なんか撮ったことはないし、だいいち、スキャンダルの拾い方なんかまるで知らないぞ」 「スキャンダルを拾うのに技術も手段も必要ないさ。朝から晩までスッポンみたいに城戸瞬にひっついていりゃいいんだ。シベリアの雪の中で一日シャッターチャンスを待ってるのと大して変わらん」 「……そーゆーものなのか?」 「そーゆーもんだ」 「…………」 写真集の編集も済んだばかりで、さしあたってすることもなく、活動資金が入ってこないことには身動きのとれない状況にあった氷河は、駄目もと気分で、アイザックの提案を受け入れることにしたのである。 |