『朝から晩まで、スッポンみたいに城戸瞬にひっついていりゃいいんだ』
――と、アイザックは言っていたが、人間がスッポンになりきるのは、なかなか困難なことだった。
“ひっつく”相手が日本一多忙なスーパーアイドルでさえなかったら、さほどのことでもなかったのかもしれないが、城戸瞬のスケジュールの過密さは、どこぞの国の内閣総理大臣以上だったのである。

テレビ、コンサート、雑誌の写真撮影に、歌やダンスのレッスンがほぼ毎日。
サイン会、映画の試写会招待、各イベントの授賞式。
一日警察署長と一日駅長を同日にこなしたあげくに、ファンの集いに顔を出した日もあれば、新曲発売記念パーティの3時間後に、写真集ミリオンセラー祝賀パーティに出る日もある。
睡眠をとるのはほとんどが移動中の車中で、自宅に帰ることは滅多になく、自宅代わりの豪華キャンピングカーの方が瞬を追いかけてきているような有り様。

瞬は、まさに、24時間労働に従事していた。
16歳と聞いていたが、学校に通っている気配もない。

どれほど芸能界に憧れている一般人でも、瞬の生活を見たら即座にその願いを放棄するだろう。どれほど売れたいと願っている芸能人でも、ここまで売れたいとは決して思わないに違いない――城戸瞬は、そんな生活をしていたのだ。

その瞬を追いかけているだけで息切れ状態の氷河には、いつもにこにこ笑いながらそんな毎日を送っていられる瞬が、宇宙人か何かのように思えたのである。
瞬は、特技のあやとりをする、たった5分の時間さえままならないような過密スケジュールに縛られていた。


そんな瞬を、しかし、氷河は律儀に追い続けたのである。
人間である自分がスッポンに負けてなるかという、訳のわからない意地もあった。
しかし、それ以上に、氷河は、瞬の身体が心配だったのだ。
16歳とされている年齢は、労働基準法の深夜業の規定をクリアするための虚偽申告なのではないかと思えるほどに細い肢体の持ち主が、毎日、大の大人の3倍の時間働き続けているのである。
瞬の密会や家族構成などより、氷河は彼の健康の方が気掛かりだった。





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