「僕、子供の頃から得意だったんです」 『まだ子供じゃないか』という言葉を飲み込んで、氷河は尋ね返した。 「歌やダンスが?」 「やだな、そんなのへたっぴなことくらい、ちゃんと知ってます」 そんな馬鹿げたことを問われるとは思ってもいなかったらしく、瞬が氷河に苦笑を返してよこす。 その苦笑をすぐに引っ込めて、瞬は続けた。 「僕、可愛い……らしいんです」 「『らしい』じゃなく、事実可愛いぞ」 即座に断言する氷河に、瞬は小さく微笑した。 「小さな頃から、みんなが僕に言った。僕を見てると頑張れるって。僕が笑ってるのを見ると頑張る気になれて、僕に笑っててもらうためなら何でもできる…って。兄さんも、先に亡くなった両親もそうでした。怒ってる人や泣いてる人や心配事を抱えてる人たちの誰もが、僕を見ると目を細めて、同じことを言うの」 「…………」 「大抵の人が、僕が何かするたび喜んでくれた。下手な歌を歌っても、滅茶苦茶な踊りを踊っても、とんちんかんな事を言っても、かけっこしてても、あやとりしてても、本当に何をしてても」 それは、氷河自身もそうだった。 瞬を見ていると、微笑ましい気分になり、瞬を悲しませる者は許せないと思う。 瞬には、いつも笑っていてほしいと思い、瞬に幸せそうに笑っていてもらうためになら、自分にはどんなことでもできるだろう――と、氷河自身が思っていた。 だが、氷河は瞬に、自分も瞬の周囲の他の人間と同じだと言うことはできなかったのである。 その事実を、瞬が喜んでいるようには見えなかった――から。 「僕は多分、愛玩用の仔猫や小犬と同じなんだと思う。……めいぐるみやお人形みたいなものって言う方が当たってるのかな。僕の意思に関わりなく、みんなが僕を見ると励まされて、頑張ろうって気になってくれるの。多分、僕が“可愛い”――から」 瞬の口調には、皮肉や自嘲の色は全くなかった。 全くなかったが、かといって、瞬がその事実を誇らしく思っているようにも見えなかった。 「……多分、そういうのって、今しかできないことなんだと思うんです。僕は可愛いだけの人形で、大人になったら、多分、僕からそんな力は失われる。『可愛い大人』なんて、変だもの。だから、今だけだから、今頑張るの。僕は、歌が上手いわけでもない、ダンスが上手なわけでもない、曲を作れるわけでもない。楽器の演奏ができるわけでもないし、飛びぬけて綺麗なわけでもない。僕はもうすぐ、何の力もないつまらない大人になる」 瞬に――現に今、数百万人、数千万人の人間に影響力を及ぼしている瞬に――その力を失う時が訪れるなどということがあるものだろうか。 氷河には信じられなかった。 確かに、歳を経れば、瞬からも、ぬいぐるみや人形に似通った可愛らしさは減じていくのかもしれない。 だが、少なくとも氷河の眼には、数ヶ月前の瞬よりも今の瞬の方が輝きを増しているように映っていたのだ。 「綺麗だぞ、おまえは。俺は、おまえより綺麗な人間を知らない」 氷河の言葉に、瞬は唇だけの笑みを作って、首を左右に振った。 「僕は、氷河の百分の一も綺麗じゃない。毒気がなくて、見ていると安心できて、ただ雰囲気が安全ぽくて可愛いだけ」 「そんなことはない。おまえはそれだけの存在じゃない…!」 人形のように可愛らしいだけの存在を、これほど多くの人が愛し、求めるだろうか。 瞬には、人形の可愛らしさとは違う、別の力が備わっているのだ。 でなかったら、人はアイドルになど夢中にならず、自分だけのものになる人形を買っているはずではないか。 「悲観はしてないの。僕は今の自分にできることをしているんだから」 それは、確かに、瞬の本心なのかもしれない。 瞬自身は心底からそう思い、だからこそ、これほど過酷なスケジュールを、文句一つ言わないで消化していくのだろう。 しかし――。 「そのために、君はしたいこともせず、辛い時にも辛いと言えず、悲しい時にも泣けないのか」 「辛いことなんて――ないもの。だって、僕が笑っていれば、みんなが元気になってくれて、それで僕も元気になれるもの」 「そんなことは……」 そんなことがあるはずがない。 辛いことのない人間が、この世に存在するはずがない。 「だからね、氷河。僕は今のうちに、一人でも多くの人を元気づけて、少しでも幸せな気分にしてあげたいの。僕のせいで辛い思いをしたり、困ったりする人を作りたくないの。だからね、氷河――」 だから、あの馬鹿な学生を許してやれと、瞬は言うのだろうか。 「…………」 それが瞬の望みだから。 そうすることで瞬が喜んでくれるのだから。 ただ、そのためだけに、氷河は馬鹿な暴走学生への怒りを忘れることにしたのである。 |