「変なの。氷河は僕のスキャンダルが欲しかったんでしょう?」 「そんなものは、もうどうでもいいんだ。俺はただ、取材旅行に行くための金が欲しかっただけだ」 それを、こんなやり方で手に入れようとしたこと自体が、そもそも間違いだったのだ。 「シベリアの氷壁や極光より――おまえを見ていたい……」 それは、氷河にとって、まさに一世一度の愛の告白だった。 人間に汚されることを頑なに拒む、あの潔癖で苛烈な自然より、人間の方を美しいと思うのは、氷河はこれが初めてだった。 瞬が、氷河のその言葉を聞いて、ぱっと頬に紅を散らす。 しかし、瞬は、すぐに小さく横に首を振ったのである。 「でも、僕は……すぐに、何の力もなくて、つまらないただの大人になっちゃうんです。氷河はきっとがっかりすることになる……」 「そんなことは絶対にない」 「氷河……」 氷河の確信に満ちた断言に、瞬はひどく感動したようだった。 たとえ根拠らしい根拠がなくても、瞬は氷河のその言葉が嬉しくてならなかったらしい。 瞬は頬を上気させ、小さな声で氷河に告げた。 「少なくとも……氷河にだけは、そんなふうに思われることのない大人になりたいです」 「おまえは俺なんかよりずっと大人だ」 少なくとも他人のスキャンダルなどと引き換えに、自分の欲しいものを手にいれようとする男などよりずっと、瞬は強い大人なのだ――と、氷河は思った。 「そんなことないですよ。僕、何にも知らない子供だし」 『可愛い』と言われたことはあっても、『大人だ』などと言われたことは、これまで一度もなかったのだろう。瞬ははにかんだように瞼を伏せた。 「何にも?」 そんな“可愛い”様子を見せられて、氷河はふいに確かめたくなったのである。 「え?」 本当に瞬が、何も知らない子供なのかどうか――を。 「こういうことも?」 半ばからかうような口調で囁き、氷河は瞬を抱き寄せて、その薔薇色の唇に自分の唇を重ねていった。 瞬が“こういうこと”を知らないのはすぐにわかった。 “初めて”の唇が、微かに震えている。 で、氷河は調子に乗ってしまったのである。 瞬の何も知らない唇が嬉しくて、氷河は更に深く瞬の唇に口付けた。 自分を強く抱きしめている氷河の腕と、自分の唇を貪る氷河の唇のどちらに意識を向けるべきなのか、瞬は戸惑っているようだった。 “初めて”経験するにしては――させられるにしては――濃密すぎる口付けに酔ったのか、自分の身体の重心を見失ったかのようにバランスを崩した瞬が、ぐらりと後ろに倒れそうになる。 氷河は、左の腕でその身体を抱きとめた。 「瞬……」 抱きとめた瞬の体を、そのまますくい上げるようにして、すぐ脇にあった寝台に横たえる。 「あ…あの……氷河……」 さすがに自分の置かれている状況に戸惑ったらしい瞬が、身をよじって氷河の腕から逃れようとしたが、氷河はそれを二度目のキスで遮った。 瞬の瞳と唇は、氷河のキスに陶然としているように見えた。 瞬は、氷河にそうされることを嫌がってはいない――ように氷河には見えたのだ。 それがどういうことなのかに思い至り、瞬よりは"大人"のはずの氷河の心臓が激しく波打ち始める。 瞬には、自分を拒むつもりがないのだ。 瞬は、自分のすることを受け入れてもいいと、言葉にはせずに告げているのである。 1億2千万人のアイドルが、たった一人の男の我儘を叶えようとしてくれている――。 いくら、少しでも多くの人のためにアイドルでいることを続けている瞬でも、特別な感情を抱いていない相手に、それを許すはずがない――。 そう思えることは、氷河に微かな目眩いをすら感じさせた。 「瞬……」 自分の体重で瞬の身体をベッドに押し付け、その膝を瞬の脚の間に割り込ませながら、氷河は右の手で瞬の身体の線をなぞり始めた。 そうされても、瞬は拒絶の言葉を口にしようとはしない。 氷河は、自分の胸の下で固く目を閉じている瞬を確かめて、ごくりと息を飲んだ――のである。 飲んだ――のだが。 次の瞬間、氷河は、鋭くきらめく光に、その先の行動を遮られた。 |