ハーデスは、日々を楽しんでいた。 これほど楽しい時を過ごすのは、地上の豊穣と人間たちのために――飢えのために人間が死に絶えてしまったら、神々を敬う者が失われてしまうという、ハーデスにしてみれば理不尽な理由で――豊穣の女神の娘であった妻を奪われてしまった時以来のことだった。 愛する妻を奪った神々と地上の人間たち。 その両方に手っ取り早く復讐できると考えて目論んだ地上の支配。 結局のところ、その企てはアテナと彼女の聖闘士たちのために潰えてしまったのだが、彼はその失敗の代わりに、美しい白い鳥を手に入れたのだった。 地上支配の傀儡として立てたアンドロメダ星座の聖闘士と、地上の平和という高価な代償よりもアンドロメダの命を選んでしまった白鳥座の聖闘士――という。 地上に住む人間たちのために妻を奪われた喪失感と復讐の失敗。 ハーデスの心の虚無を埋めてくれたのは、 地上の平和と愛する者――その二つのうちのどちらかの選択を迫られた時、冥界の住人ではなく、まさにその地上の住人である白鳥座の聖闘士が、愛する者の方を選んでしまったこと。 そして、そのことによって、二人が不幸になってしまったことだった。 ハーデス自身は選ぶことすらできなかった。 彼は、神々によって、余儀無く妻を奪われた。 そのことを、彼はずっと、この上ない不幸だと思っていたのだ。 しかし。 アンドロメダの聖闘士と白鳥座の聖闘士の苦しみを見るにつけ、ハーデスは、もしかしたら自分が二者のうちのどちらかを選ぶことすらできなかったのは、むしろ幸運だったのではないかと思えるようになっていたのだった。 もし、選ぶことができたのなら、ハーデスは迷うことなく、地上の人間たちの命などより愛する妻を選んでいただろう。 だが、その選択を為した時、あの心優しい妻は、地上の人間たちの苦しみに心をいため、嘆き悲しんでいたに違いない。 自分は、愛する妻にその嘆きだけは与えずに済んだのだ――そう思えることが、今のハーデスの心を優しく慰めてくれた。 アンドロメダ座の聖闘士と白鳥座の聖闘士のような苦しみからだけは、自分も、そして妻も逃れることができたのだ――そう思えることが。 |