瞬には、自分が本当に謝るべき相手は氷河なのだということがわかっていた。
彼は、瞬にとって、自分と同じ弱さを持つが故に愛しく、傷付けずに済ませられなかった、白い魔王だった。

「ごめんね、氷河。僕、本当のことを言えなかったの。自分が幸せでいることは苦しくて辛くて、聖闘士なのにこんなふうでいいのかって罪悪感に苛まれるばかりで、僕が氷河を許していない振りをしていれば、氷河は、僕を悲しませているって思いで手一杯になって、聖闘士としての罪悪感は感じずに済むと思ったの。どうせ苦しむのなら、氷河には、僕のせいだけで苦しんでいてほしかったの」

真に呪いをかけたのは、闇に縛られていたはずの白い鳥の方だった。
純白の翼の下に、瞬は、ただ一本だけ黒い羽根を隠し持っていた。
この幸福と悲しみの交叉する闇の界で、氷河に、自分以外の何ものにも心を向けずにいてほしいという、小さな、だが漆黒の羽根を。

「瞬、それは……おまえが俺を許してくれているのだということを知ってさえいたら、俺には聖闘士としての罪悪感など大した苦しみではなか……」

瞬は首を横に振って、氷河の言葉を遮った。
「人は、自分に幸せな部分があると、すぐに他の不幸な部分に意識が向くの。幸福より不幸の方が、より大きく心を占めるようになるの。人は多分……誰もがいつも幸せになりたいって思っているくせに、いつも不幸を求めてしまう生き物なんだよ」

「…………」

そうなのかもしれない。
そうではないと言い切る根拠を、氷河は持ち合わせていなかった。
「それでも、おまえの心が俺にあることを知っていられたら、俺はどんなことにも耐えられたと思う」

そしてまた、人はまた、ただ一つの幸福のために、他の不幸を耐え抜く力をも持っているのだ。

「……ごめんなさい」

瞬の謝罪に、氷河は微かに左右に首を振った。

知ることができたのだから――自分の“ただ一つの幸福”を知ることができたのだから、氷河は今は瞬に微笑み返してやることができた。





【next】