「だって、おまえ、瞬が好きなんだろ」
「……仕方ないさ。俺は瞬とは合わない人間なんだ。瞬のためというだけじゃなく、俺自身も恐くて、瞬には近付けない」

「そんなの恐がっててどーすんだよ!」
“猪突猛進・当たって砕けろ”が座右の銘の星矢にしてみれば、氷河のそれは思い遣りでも方便でもなく、ただの尻込みだった。臆病だった。
そして、その単語は星矢の辞書には載っていない。
故に、星矢には氷河の行動はまるで理解できないものだった。

「瞬を泣かせたくないんだ。瞬が泣いているのを見るとかわいそうだと思う。でも、泣かせるまで、俺は自分のしてることに気付かない」

「ドジったのなら、そんなつもりじゃなかったんだって、謝ればいいだけのことじゃんか! 瞬のためにも、その方がいいだろ。おまえ以外にも世の中にはドジな奴はいくらでもいるんだぜ。瞬だって、そのたび泣いてなんかいられないんだしさ。『こんなことくらいでいちいち泣くんじゃない!』って言ってやるのが親切ってもんだろーが。瞬を滅多なことでは泣かないくらい強い奴にしてやるのが、ほんとの友情だぜ!」

「…………」

迷いのない星矢の断言が、そう言いきってしまえる星矢が、氷河は羨ましかった。
星矢のようになりたいと思った。
が、なりたいと思うものになることは、人間にはそう容易なことではない。容易であるならば、人はそもそも、他人を羨んだりはしないのだ。

「……俺には欲があるからな」
「欲…?」
「瞬に嫌われたくないという、タチの良くない欲だ」

「…………」

瞬はそんなことを言われたくらいで人を嫌ったりするような奴じゃない――と、星矢は思った。思いはしたのだが、それを氷河に告げることはできなかった。
氷河が瞬を『好き』だと言い、『嫌われたくない』と言う時の『好き』と『嫌い』は、自分が瞬を『好き』だと思い、『瞬は人を嫌ったりしない』と言う時の『好き』と『嫌い』とは、全く意味が違うのだろう。
それだけは、星矢にも何となく感じ取れたのである。

少しばかり眉を曇らせてしまった星矢に、
「シャレだ。笑うのが礼儀だぞ、星矢」
と、氷河がたわけたことを言ってくる。

「…………」


星矢は――二重の意味で笑えなかった。





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