その超高級フランス料理店で、氷河と瞬は、しかし、とんでもないものを見てしまったのだった。 というか、そこで、彼等は、そこにいるはずのない人物たちに出会ってしまったのである。 「カ…カミュ…… !? ミロまで !? 」 そこにいたのは、某水瓶座の黄金聖闘士と蠍座の黄金聖闘士だった。 黄金聖衣を脱ぎ捨てて黒のスーツをまとった彼等は、まるでその店の支配人然として、氷河と瞬の前に颯爽と現れた。 現れたのはいいのだが。 「い…いったい、いつ、日本に――いや、何故こんなところに貴様等がいるんだ !? 」 目上の者に対する礼儀も何もあったものではない。 デートの場所に知った顔があっては、瞬が変に気を遣って態度を硬化させてしまうかもしれないではないか。他の黄金聖闘士ならいざ知らず、そこにいるのが氷河の師であるカミュとなったら、彼の前で氷河の立場を悪くするわけにはいかないと考えて、瞬は『自分と氷河はただのオトモダチ』のポーズを取ろうとするかもしれない。今更隠すまでもないことを隠そうとして、無意味な気遣いをするに決まっているのだ。 氷河の不安と苛立ちに気付いているのかいないのか、当のカミュは泰然としたものである。 「なんだ、アテナから聞いていないのか? リリィちゃん殲滅の使命を果たすためだ」 「リリィちゃん?」 そして、氷河と瞬は、カミュとミロの口から、彼等がここにいる、呆れた理由を聞かされることになったのである。 すなわち。 とある黒く素早くおぞましい昆虫を『リリィちゃん』と呼ぶようにとの、アテナの厳命。 聖域のリリィちゃん撲滅を一日で為し遂げた黄金聖闘士たちに、新たに下されたアテナの至上命令のことを。 『リリィちゃんこそ、我等人類の平和な生活を乱さんとして、太古の昔から存在した嫌悪すべき邪悪の根源です! その邪悪の根絶のために、あなた方自身の生活費捻出のために、リリィちゃんに悩まされている全ての人々を救うために、あなた方の持てる力を使う時が今こそやってきたのです !! 』 アテナは聖域において全ての黄金聖闘士たちにそう宣言するや、手回しよく彼等に就職口を斡旋した――らしい。 そうしてカミュとミロが派遣されてきたのが、この超高級フランス料理店なのだそうだった。 超がつく高級店だろうが何だろうが、要するに飲食店である。メインの仕事は書類やデータの処理ではなく、食材の調理。 超高級なだけに、高価な食材を調達し、その中でも美味な部分だけを使用して、余った個所は惜しげもなく捨ててしまう、リリィちゃんたちにとっても最高のエサ場。 厨房で満腹になったリリィちゃんたちが、塵一つない客用テーブルのフロアにお散歩に出てくることもあるそうで、店の経営者は以前からリリィちゃんたちの自由気侭なお散歩に苦慮していたらしい。 毎日薬剤散布をしていては経営が成り立たず、食材にも悪影響を及ぼす。 しかも、リリィちゃんたちの繁殖力は、ネズミごとき足許にも及ばないほどの猛スピード。決定的な対処方法を見付けられずにいたこのレストランの経営者の耳に、天下のグラード財団が、リリィちゃんを一秒にも満たない時間で跡形も無く処理するコックローチ・バスターズを結成したという話が飛び込んできた。 無論、経営者は、一も二もなく、その話に飛びついたのである。 「閉店後は厨房でリリィちゃん殲滅に当たり、営業中は客席のあるフロアでリリィちゃんのお散歩を食い止める仕事に就いているんだ」 「そ……そんな……黄金聖闘士ともあろうあなた方が……」 カミュとミロの説明を聞かされて呆然としていた瞬が、こんな非常識極まりない現実は受け入れられないとばかりに左右に首を振った時――。 「む、カミュ。リリィちゃんのお出ましだ!」 ミロの鋭い視線が厨房と客席フロアを隔てているカウンターの床下に向けられる。 ミロの視線がある一点に固定される前に、カミュの光速拳によって、小さな可愛いリリィちゃんは塵になって消えていた。 「私に任せろ!」 音速は光速より遅い。 カミュの言葉が氷河と瞬の耳に届いたのは、リリィちゃんの姿が床の上から綺麗に消え失せてから0.1秒後のことだった。 「…………」 真のアテナが誰なのかにも気付かず、可愛い(はずの)弟子をマザコン呼ばわりしてくれた師と、十二宮戦で散々自分をいたぶってくれた蠍座の男。 内心に色々含むものはあったとはいえ、カミュとミロは、仮にも88人の聖闘士の頂点に立つ黄金聖闘士、である。 その黄金聖闘士二人が、まだいたいけなリリィちゃん一匹を成敗したくらいのことで悦に入っている様を見せられて、氷河は驚愕した。否、愕然とした。否、呆れ果てた。 「とっても美味しかったと思うんだけど……ケーキ……」 それでもなんとか気を取り直して、氷河と瞬は案内された部屋で、超高級おフランス料理のディナーに臨んだのであるが――。 二人の黄金聖闘士の仕事ぶりにショックを受けた瞬に、憧れのオーギュスト・リュミエールのケーキの味を味わう余裕がなかったことだけは、氷河にもわかっていた。 |