常人には体得し得ない光速拳。 その尋常でない技を、リリィちゃん殲滅のために振るう黄金聖闘士たち。 そんな衝撃的なシーンを見てしまった夜も、しかし、時間が経てば明けるのである。 翌日は、呆れるほどの晴天。 雲一つなく澄み渡った青空が、氷河と瞬に微笑みかけていた。 その日、瞬は氷河と供に、都内にある某薔薇園に出掛ける予定だった。 瞬は、数日前に沙織から、その薔薇園で開催される『世界の薔薇展』の招待券を貰っていたのである。 『星矢や紫龍は薔薇なんて柄じゃないから、あなたたち二人で行ってらっしゃい』 なんでもアフロディーテが丹精込めて咲かせた一鉢がその薔薇展に出品されるそうで、招待券自体、アフロディーテから渡されたものらしい。 『本当は私が行く予定だったんだけど、なにしろ多忙で……』 と沙織は言い、言葉通りに多忙を極めているらしいグラード財団総帥は、すぐにまたどこぞへ出掛けていってしまった。 今にして思えば、彼女は、コックローチ・バスターズの営業と宣伝に忙しかっただけなのかもしれない。 そう考えると、少々気持ちが塞いでしまう瞬だったのだが――。 「氷河、昨日のこと、気にするのはやめよう? そりゃ氷河の先生がリリィちゃん退治なんかしてるとこ見せられてショックなのはわかるけど、職業に貴賎はないんだし、カミュもミロも人のためになる立派なお仕事をしてるんだし、ね」 翌朝、少しだけ立ち直りかけた瞬は、尊敬する師の思いがけないシーンを見ることになって、自分以上に気落ちしているに違いない氷河のために、健気な笑顔を作って彼を励ました。 「あ? ああ」 瞬の励ましに、少々怪訝な顔をしつつも氷河が頷く。 実は、氷河は、瞬にそう言われるまですっかり忘れていたのである。二人の黄金聖闘士がその光速拳でリリィちゃん撲滅運動に勤しんでいた、昨夜の衝撃的なシーンのことを。すっこーん☆と。 考えてみればカミュやミロがどんな敵と闘っていても、瞬が可愛いことに変わりがあるわけでもなく、自分が瞬を好きなことにも、瞬が自分を好きでいてくれることにも変わりがない。 つまり、氷河の世界は、昨日と今日とで何の転変があったわけでもなかったのである。 改めて考えるまでもなく、自分をマザコン呼ばわりしてくれた師がどーなろうと、何をしていようと、氷河には知ったことではなかった。 まして、カミュ自身に現況を憂えている様子もないのに、いー歳をした大人のことを“若い”自分が心配してやることもあるまい――と、むしろ、弟子に心配されることの方がカミュには侮辱だろうと、氷河は考え――もしなかったのである、実は。 カミュとミロの悲惨な(瞬にしてみれば、である)有り様を見せられて、何やらすっかり落ち込んでしまった瞬をその気にさせるので、昨夜の氷河は手一杯だったのだ。 苦労の甲斐あって無事に瞬とコトを成し遂げた氷河には、落胆する理由というものが、一つも――ただの一つも――なかった。 まして、今日は今日とて、瞬と楽しい薔薇園デートv である。 そして、天気も快晴である。 氷河の行く手には、不安も危惧も憂いもない。 なかったはずなのだが――。 出掛けた先の薔薇園で、よもや、また、別の黄金聖闘士に出会うことになろうとは、瞬を伴って城戸邸を出た時の氷河は考えてもいなかったのである。 |