「あのキノコの化け物は過去に行ける。ペットントンを過去に行かせて、瞬に会う奴自身を止めさせるか、せめて、あの花を持ってくるのをやめさせられれば、瞬は助かるだろう」

そう言って沙織を説得し、氷河が、医療センターの強化ガラスの檻に入れられているペットントンに会いに行ったのは、グラードの医師たちが自分たちの手で瞬の命を救うことを絶望視し始めたのを感じ取れるようになったからだった。



ペットントンは、医療センターの一室に置かれた、透き通った筒状の檻の中に、放心して座り込んでいた。
異郷の生き物の打ちひしがれた様子を見て、氷河は、思わず、本来の目的とは別のことをペットントンに語りかけたのである。

「おまえは何故――逃げないんだ。過去にでも、故郷の星にでも、おまえは好きなところに行くことができるんだろう」

「……逃げたら、瞬ちゃんに会えなくなる」

ペットントンの答えに、氷河は浅く頷いた。
それは、尋ねるまでもないことだった。

瞬の側にいられることが、自分たちにとってどれほど大事なことなのか――それは、今更改めて確認しなければならないようなことでもない。
異世界の生き物も、見てくれ以外に何の取りえもない我儘な男も、偏見も先入観もなく愛し受け入れてくれる人の側にいられる幸福を、誰が自ら望んで手放すものだろう。

だが、ペットントンのそんな気持ちがわかっていても、氷河は言わないわけにはいかなかった。
「……過去に行って、過去のおまえが瞬に会うのを止めてくれ」

「僕、ひとりぽっちはいや」

ペットントンの気持ちが、氷河にはわかっていた。
氷河にはわかった。
痛いほどに。


彼も、以前は、ペットントンと同じだった。

誰かに愛されることを願ってた。
そして、瞬に出会うことができた。
瞬に愛されるためになら何でもした。
そうすることを愛していることだと錯覚するほどに、瞬の心を自分に向けるために、氷河は何でもしたのだ。

けれど、愛されたいと願うことは愛していることではない。
それは、全くの別物だった。
氷河は、それを瞬に教えてもらったのだ。

その瞬を失うことは、氷河には耐えられることではなかった。

「瞬の命には代えられない。頼む、我慢してくれ……! おまえは、瞬に愛されて幸せだっただろう? 今度はおまえが、瞬を愛してやってくれ」

「…………」

これまで散々自分に嫌がらせをしてきた男の懇願を、ペットントンは無言で聞いていた。

「……僕、ひとりぽっちは耐えられない……。でも、瞬ちゃんが死ぬのはもっといや」


残酷な願いを口にせざるを得ない自分に項垂れていた氷河が、ペットントンのその言葉を聞いて顔をあげた時、ガラスの檻の中にペットントンの姿はなかった。






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