「ベルサイユまで……送っていこう」

捨てられてしまった子猫を拾いあげるような気分で、ヒョウガは、脱力してしまったようなシュンを自分の馬車に引き入れた。


「君は……」

言わずにいた方がいいような気もしたが、尋ねずにもいられない。
馬車がパリの市街を離れた頃になって、ヒョウガは意を決してシュンに尋ねてみた。

「君は金を持っていない平民たちにも迫るのか、自分の大切なものを差し出せと」
「死ぬなんて……思わなかった……」
「その男は君に命を捧げたことになるな」
「結局、僕を選んだわけじゃない。選べなくて死んだんだ。僕がいちばん大切だったわけじゃない……!」

まるで自分に言い聞かせているような口調だった。
しかし、動揺は隠しきれていない。

「だが、人がひとり死んだ」

それ以上は責めない方がいいのだと、ヒョウガにはわかっていた。
わかってはいたのだが、シュンの気持ちを――シュンが何故、人に“それ”を求めるのかを、ヒョウガはどうしても知りたかったのだ。

追い詰められた子猫が、神の御前で自分の罪を弁護するように、小さな悲鳴をあげる。

「だって僕は兄さんが……!」
「兄君が?」

「兄さんはずっと僕だけのものだったんだ。それが、いつからか僕だけを見てくれなくなって、僕以外に何か気に掛かるものができて、僕を遠ざけるようになった! 僕がいちばん大切で、僕を守るために生きてるって、兄さんは、いつも言ってくれていたのに !! 」

その弁護は、しかし、神に受け入れてもらえるようなものではなかっただろう。

「なのに、兄さんは僕だけのものじゃなくなった……」

ヒョウガにすら、それがシュンの幼い我儘だということは、すぐにわかってしまったのだから。

「君は君だけを見てくれなくなった兄君の代わりに、君だけを見てくれる人間を探そうとしたわけだ」

「兄さんに見捨てられたら、僕は誰からも愛されてないことになる……! だのに、誰も彼も僕より大切なものがあって、それを捨てようとはしないんだ……!」
「…………」


我儘。

それはただの我儘である。

しかし、何という真っすぐな要求だろう。
大人の振りが上手くなった人間には到底口にしえない、だが、それでいて誰もが望んでいる思い。

誰かに自分だけを愛してほしい――という、あまりに素朴な、あまりに幼い、そして、だからこそ真摯な、それは心の奥底からの欲なのだ。

「僕は、誰からも必要とされてないんだ……」

それが叶わない時、叶わないことなのだと知った時、人は子供でなくなるのだが。






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