「……君はさぞかし兄上に愛されて育ってきたんだろう。愛されすぎるのも問題だな」

おそらく、シュンの兄がシュンに向ける愛情が減ったわけではなかったのだろう。
ただ、彼に、他にも情熱を傾ける何かができたというだけのことだったのだ。――祖国の窮状を救う活動という。

それまで兄に愛されすぎていたが故に、そして、兄の他に頼るものがなかったが故に、シュンは、一人占めできなくなった愛情への欠乏感を、他の“何か”で埋めることなど考え及ばず、他の“誰か”を求めてしまったのだ。


「愛情に飢えを感じるなんて贅沢――いや、愛されていないことを当然と感じる俺の方がおかしいのか……」

ヒョウガのそれは、後半は独り言だった。

「え?」

シュンに戸惑ったような視線を向けられてやっと、ヒョウガは自分が人と会話をしていたことを思い出した。

「俺なんか、父にも母にも屋敷や金や領地しかもらったことがないぞ。成長してみたら結構な美形だったもんだから、初めて母親も気に入りの庶子の一員に加えてくれたんだ」

「そんな……」

大国ロシアの皇子が誰からも愛されていない。
それこそ、シュンには想像もできないことだったらしい。

「で…でも、あなたは、裕福で、女帝のお気に入りで、ロシアでも有数の大領主で……」
「金や宝石では満足できない君の言うセリフとも思えないが」
「でも、だったらなおさらわかるでしょう !?  僕が欲しいのはお金や宝石じゃなくて、そんなんじゃなくて……」

「愛されたことがないからわからん。それはそんなにいいものか」

ヒョウガは皮肉を言っているつもりはなかった。
自分がシュンの我儘を責めているという意識もなかった。

ヒョウガは、心底からシュンが羨ましかったのである。

「君が、愛されるばかりで、愛したことがないからわからないように」

「僕は兄さんを――」
「独占したいと思っている」
「……」
「それだけだ」

「僕は兄さんを……」

愛しているわけではないのだろうか――?

それは、シュンにとっては、これまで疑ったことすら――考えたことすらない命題だった。






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