シュンはそれからベルサイユに着くまで、一度も口を開かなかった。
ヒョウガも、無言で馬車に揺られていた。


沈黙の馬車がベルサイユに着いた時、無言のまま馬車を降りるシュンに手を貸しながら、ヒョウガは初めて口を開いたのである。
少々自嘲気味に。

「知らせない方がよかったのかもしれないな」
「……え?」
「知らせなければ、俺の大切なものは領土と屋敷だと言って、それをすべて君に捧げることで君を俺のものにできたのかもしれないのに」
「まさか……フランス王家の赤字を全て支払えるほどの財産でしょう?」
「それで、君を手に入れられるなら、惜しいとは思わない」
「…………」

異国の男は、こんな真剣な目をして冗談を言うのかと、シュンは訝ったのかもしれない。
冗談は笑いながら口にするものだと言うかのように、シュンは目許にとってつけたような笑みを刻んだ。

「ロ……ロシアの方は無骨な方が多いと思っていたのに、フランスの貴公子たちより口がお上手です」
「本気だ」

「…………」



愛され方を知らない男。
愛し方を知らない少年。

無言のままにやりとりされた眼差しの会話で、二人は、互いがその未知の領域を知りたいと願っていることを知った。


そうして。

ヒョウガは一度降りかけた馬車にシュンを引き戻し、そのまま、馬車をベルサイユからベルサイユ郊外に構えた自分の屋敷へと取って返させたのである。






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