あまりに短時間で終わってしまった兄弟の会見が、ヒョウガには意外だった。
あれほど兄の愛情を求め続けていたシュンが、別の愛を手に入れたからというだけのことで、こんなにもあっさりと兄の提案を受け入れるとは、彼には考えられないことだった。

そして、それとは別に。
ヒョウガはシュンの兄に、彼の弟を奪ったことを罵倒される覚悟で、その家に赴いたのである。
それすらもなかったことに、ヒョウガは少々気が抜けていた。

「ロシアに行く……とは、本気か、シュン」

シュンの兄の住む家を出ると、兄の前ではまるで事務的なことしか口にしなかったシュンに、ヒョウガは尋ねたのである。

「僕は以前の僕じゃないの。愛されることだけ望んでた子供じゃないの。今の僕は、兄さんを愛してるの」
「…………」

人を愛している者が、愛する者のために何をするか。
どうせずにいられないか。
ヒョウガは、それを知っていた。

シュンのその返答に、何故かヒョウガは心を安んじた。

「では、少々姑息だが、今の貨幣価値が通じているちに、パリの郊外に小さな家でも買っておこう。平民の……ブルジョアが市街の争乱を逃れてきたとでもいう触れ込みで」
「ヒョウガ……」

まるで物見遊山の計画を練ってでもいるかのような態度でそんな提案をしてくるヒョウガに、シュンは不安を覚えずにはいられなかった。
「飢えることもあるかもしれないよ。耐えられるの、大国ロシアの皇子様が」

「おまえは、俺の幼い時を知らない。両親に見捨てられ、贅沢な屋敷に放っておかれて、絹の服を着てはいても、召使いは気紛れでしか俺に食事を与えてくれず、俺はいつも飢えていた。召使いたちには愛情がなかったからな。表沙汰にできないロシアの女帝とポーランド国王の子供など死なせなければいいくらいに――いや、死んだ方が喜ばれるくらいに思っていたんだろう。だから」

ヒョウガは、シュンの懸念をよそに、気楽ともとれるような表情でシュンに微笑した。

「愛に飢えることさえなければ、平気だ」 
「それは……大丈夫だと思うけど……」
「なら、問題はない」
「ヒョウガ……」

シュンの中には、これからフランスを襲おうとしている嵐は、それほど甘いものなのか――という不安もないではなかった。


だが、人が、満ちた時の喜びを喜びとして認識できるのは、飢えを知っているからである。

人間にとって最悪の飢えを知っているヒョウガなら、そして、その飢えが満たされていることを忘れることのない人間になら、この世に耐えられない苦難などないのかもしれない――と、シュンは思った。
他でもないシュン自身が、今、そういう気持ちでいたのだ。


「僕の中の革命は、この国の革命よりも先に成就したみたい」

世界を揺るがす革命と、人の心の中の革命と、それはどちらも大きな力を持つものである。
比べることなど不可能なほどに、どちらも強大な力を持っているのだ。

シュンの中の革命は、少なくともシュン自身を強く幸福にしてくれた。

兄たちが行おうとしている革命もまた、フランス国民に幸福をもたらすものであってくれたなら――と、シュンは心の底から願ったのである。






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