瞬は、それでも一応、『あれは兄のことで悩んでいる自分に対する、氷河なりの慰めの言葉だったのだろう』と結論づけようとしたのである。

しかし、瞬が、それはあまりに好意的に過ぎる考え違いだということを思い知るのに、大して長い時間はかからなかった。


兄のことを考えて打ち沈んでいる瞬に、氷河は言うのである。
「おまえは、あれほど言ったのに、またあのロクデナシのことを考えてるのか? 時間の無駄だ、やめろ。俺のことを考えている方がよほど有意義だぞ。俺はあんなバカ野郎とは違って、いつもおまえの側にいてやるし、おまえの望むことなら大抵のことは叶えてやるだろう。どこから何をどう見たって、顔も中身も俺の方があのバカの10倍もよくできてるし、あんな非常識な男を血の繋がった兄だなんて公言してると、おまえまで人に白い目で見られることになる。あのバカとはさっさと縁を切る方が利口というもんだ」

星矢と一緒にいる瞬にも、彼はまくしたててきた。
「こんな単純な思考回路しか持っていない奴と一緒にいると、バカが伝染るぞ。人間ってのは、他人の影響を受けやすいものだからな。利口な奴に感化されるならともかく、馬鹿の影響を受けると、ろくなことにならない。良くない。実に良くない。馬鹿になるだけならまだしも、おまえのデリケートで細やかな神経は、大雑把もいいところの星矢の無思慮に傷付けられる可能性大だ。そういう事態は極力避けねばならん」

紫龍とて、氷河の攻撃から逃れられるものではなかった。
「紫龍は完全無欠の変態だぞ。ギャラクシアン・ウォーズでの、奴の振舞いを見ただろう。到底、尋常の人間の行為とは思えなかった。星矢との闘いに聖衣は無意味と判断して聖衣を脱ぐのは、10000歩も譲れば、まだ真っ当な判断と考えられなくもないが、だからと言ってアンダーウェアまで脱ぐ必要がどこにあったんだ? おそらく、露出趣味なんてのはほんの序の口で、あの長髪野郎は、もっととんでもない性癖を隠しているに違いない。おまけに、妙に分別顔をしてやがるが、奴は星矢より馬鹿なんだぞ。あの星矢の策略にはまって、自分の盾を自分の拳でぶち壊してしまうような阿呆なんだからな。おまえがあんな奴に近寄るのは危険この上ないことだ!」


「…………」× 3


無口でクールな男は、いったいどこで息継ぎをしているのかと思うほど流暢に言葉を紡ぎ続ける。
とにかく喋る、喋る、喋る、喋る。
立て板に水とはまさにこのこと、横にしてある板にも穴を穿つほどの勢いで、彼は言葉を連射し続けた。


しかし、だからと言って、氷河は、瞬に何かをして欲しいと求めてくるわけではなかった。
とにかく瞬が自分以外の誰かを見ているのが不快らしく、嫉妬心をあからさまにするだけなのである。

氷河は、母親の目を自分だけに引きつけておきたくて泣き喚く駄々っ子のようなものだった。
駄々っ子と違うのは、長広舌を振るう彼がいつも無表情でいることくらいだったが、それがかえって不気味である。

図体がでかい上に不気味ではあっても、駄々っ子は駄々っ子。
そう考えれば、扱いようもある。

瞬は、駄々っ子をあやす母親のように、それでも氷河の暴言を責めたりせず、その我儘をきいてやっていたのである。
それは、瞬が、氷河の繰り出す悪口雑言に、なぜか悪意というものを感じることができなかったからだった。


――『なぜか』というのは適切な言葉ではない。
瞬は憶えていたのである。
幼い頃の氷河が、自分の気持ちを素直に表現することの下手な、不器用な不器用な子供だったことを。






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