「俺の師の許を訪ねてくる変な男が一人いたんだ」 瞬を解放して、瞬のベッドに腰を降ろした氷河はの声音には、あまり力が感じられなかった。 「氷河の先生のお友達?」 「そうだ。その友達が、やたらと女の話をするんだ。今、どこの女と付き合ってるとか、前の女とは切れたとか」 「恋多き人だったわけだね。でも、子供の前でする話じゃないね」 「あっらかんとした男だったから、そんな話を聞かされても、さして不愉快じゃなかった」 「うん」 氷河がそう言うのなら、氷河の師の友人だというその男は、ただの軽薄な遊び人というわけでもなかったのだろう。 瞬は微かに頷いて、氷河の言葉の先を促した。 「で、そいつはいつも、自分の遊びの話をし終えた後で、師に言うんだ。『おまえもいい加減、死んだ女のことなんか思ってるのはやめて、別の相手を見付けたらどうだ』……と」 「氷河の先生の恋人は亡くなったの」 「恋人……というのでもなかったらしい。師は、その女性に自分の気持ちさえ伝えなかった……と、その友人が教えてくれた」 「どうして?」 「色々考え過ぎたんだと言っていた。相手の女性も絶対師のことを思っていたのに――とも言っていた」 「お互い好き合っていたのに、言わなかったの」 「らしい」 「そう……」 氷河の師が何を考え過ぎたのか、想像に難いものではない。 聖闘士の“仕事”は闘うことである。 いつ起こるかわからない闘いのことを、その闘いでもたらされるかもしれない別離や死――氷河の師はそんなことを考え過ぎたに違いない。 「心は伝えようとしなければ伝わらないし、何も進展しない。何もかもそこから――伝えるところから始まるんだ――と、あの男は言っていた。何かが起きた時には二人で乗り越えていけばよかったのに、と」 「うん。とても正しい考え方だね」 おそらく、そういうことを言う男だったから、氷河は、軽薄にも思えるその男を不愉快な人間と感じることがなかったのだろう。 氷河の師の友人だという男は、そして、氷河に、 『氷河、好きな相手ができた時に、おまえのセンセーみたいにクールな振りをしていちゃ駄目だぞ。強引に迫って、褒め言葉を雨あられと降らせて、妬いてみせたり拗ねてみせたりすることだ。相手がおまえのことを憎からず思ってくれていたら、おまえの我儘を心底から嫌がったりしはしないはずだし、それで相手の気持ちを確かめられる。とにかく、何も言わないでいるってのは最低最悪なやり方だ』 ――と言ったのだそうだった。 氷河の師もその言葉を否定はしなかった――らしい。 「それで、氷河は急に我儘なお喋りになったの」 「俺の目には、俺の師よりも、師の友人の方が幸福そうに見えたんだ……」 だから、氷河は、その男の忠告に従った。 好きな相手ができたから。 |