あの別れの日まで、俺は小鳥の存在を――瞬を――無視し続けていた。

何かあるとすぐに泣き出して、兄の懐に逃げ込む弱虫。
同じ辛さを、瞬以外の誰もが泣くこともなく耐えているのに――と、俺は瞬に苛立ちさえ覚えていた。


瞬の涙に潤んだ瞳の奥にあるものが何なのかさえ、俺は見ようともせずにいた。



それは、哀しみ――だった。
瞬の涙は、自分ひとりの弱さを紛らすための涙ではなく、あの家に集められたすべての子供を哀しむための涙だった。

瞬は俺たちの代わりに泣いてくれていたのだと、俺が初めて知った時。
俺は――ガキだった俺は――俺自身と、瞬のために泣いた。

その日は、俺たちの別れの日でもあったから――。


急に泣き出した俺に驚いた瞬が、おろおろしながら、俺の頬に小さな手を伸ばしてくる。
「氷河、どうして氷河が泣くの。氷河が泣いちゃだめだよ」


優しい手。
小鳥のような声。


俺は涙を拭って、瞬に言ったのだった。
「瞬。おまえは知らなかっただろうけど、俺はずっとおまえが好きだったんだ」

それは、俺自身も、その時初めて気付いたことだったのだけれど。

「え?」

涙と戸惑いでいっぱいの瞳を見開いた瞬は、本当に――無垢に見えた。


「俺はおまえと離れたくない。おまえがいないと、俺は自分のために俺自身が泣かなきゃならなくなる。俺はおまえと一緒に行きたい。おまえを俺の行くところに連れていきたい。俺は……!」

自分が無力な子供だということが、あの時ほど悔しかったことはない。
俺はそれまで、世の無情を悟りきった“大人”を装うことで、自分の境遇を耐えていたのに。

だというのに、瞬との別れが、俺を子供に戻してしまっていた。

本来のガキの姿に戻った俺に、瞬が優しく微笑む。
そして、瞬は言った。

「一緒に行くよ」
――と。

「だって、おまえは……」
瞬は、俺が向かう東シベリアとは数万キロの距離で隔てられた絶海の孤島に送られるはずだった。
瞬も、それが変えることは叶わない未来だということは知っているはずなのに。

なのに、瞬は同じ言葉を繰り返した。
「僕は氷河と一緒に行くよ」

涙でぐちゃぐちゃになった俺の顔を、瞬は真剣な眼差しで見詰めていた。

「だから、泣きたくなったら、僕を思い出して。氷河が泣きたくなった時には、僕が泣いてあげる。きっと僕が泣いてるから、だから、氷河が泣く必要はないの」

「おまえが? 俺の代わりに……?」

「離れていても、一緒にいようね」

「瞬……」



小鳥――あの小鳥は、俺の天使だった。
白くて優しい手を差し延べてくれる、甘くて小さい、そして、本当は俺なんかよりずっと現実を知っていて、現実を耐えている力強い天使。



『僕は氷河と一緒に行くよ』

瞬のその言葉を支えに、俺は、あの極寒の地で、孤独に――凍えるように辛い孤独に耐え続けた。






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