「僕は優しくなんかない…!」

一向に瞬の望みを叶える気配を見せない俺に苛立ったのか、瞬は、珍しく声を荒げた。
そして、その足許に咲いている花を踏みつけた。

「こんなの、ただの花だ。動けない、ただの花。どこにでも咲いてる花! 来年になったらまた咲ける花なんだ!」

「瞬……!」

「優しくないよ、僕は。さあ、あっちに行って! 氷河が好きになってくれた僕の“部分”は、もうなくなったんだから……!」

「…………」

俺は、それ以上その場にいられなかった。
俺の姿があるところでは、瞬の怒りにも似た悲しみは鎮まることがないような気がした。
それが、どれほど瞬の身体に負担を与えるものなのか、今の俺には想像に難くない。

俺は無言で、踵を返した。
それこそ後ろ髪引かれる思いで、瞬の許から立ち去った。

雪笹の群生を過ぎ、白樺の林に差しかかったところで振り返ると、瞬が、踏みつけた花を拾いあげ、押しいただいている様が見えた。
おそらく、瞬は、その哀れな花の上に涙を散らしているのだろう。

生きていてほしいと――この優しい、悲しい花に、少しでも長く生きていてほしいと、俺は願わずにはいられなかった。


だから、俺は瞬の側を離れたのに――。






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