氷河は、ほんの30分前、瞬に、
「僕、今日は兄さんとライオンキング観にいってくるからね」
と告げられた。

「なぜ一輝となんだ」
と問い詰めると、
「だって、氷河、そういうのに興味ないかと思って」
という返事。

もちろん、氷河はミュージカルなどに興味はなかった。
しかし、ミュージカルに興味はなくても、瞬にはある。

氷河は、
「観たくもないミュージカルくらい、おまえと一緒なら我慢するぞ」
と言い、瞬は、それを聞いて、
「観たくもないものに誘うなんて……」
と困ったような顔になった。


喧嘩と言ってもそれだけのことだった。
氷河は、瞬が自分以外の誰かと(まして、その“誰か”が一輝なのである)出掛けるということに臍を曲げ、瞬は、臍を曲げてしまった氷河をなだめる羽目に陥って、

「そーゆーモノには、せめて一輝じゃなく星矢と行け」
「どーして星矢はよくて、兄さんは駄目なの」
「一輝より星矢の方が喜びそうじゃないか。これが歌舞伎とか時代劇とかいうのならともかく」
「そんなことないよ。兄さんは僕が小さい時には、いつもいろんなお話してくれて、僕はイソップの寓話や『ごんぎつね』は、全部兄さんに教えてもらったんだから」
「ああ、そりゃ良かったな。なにしろ、奴はポエマーだからな」
「なに、その言い方」
――等々、不毛なやりとりを30分。

それでも、どうしても、氷河は、
『じゃあ、兄さんと行くのはやめる』
と、瞬に言わせることができなかったのである。

「おまえがこんなに頑固な奴だとは思わなかった!」
「僕だって、氷河がこんなに駄々っ子だなんて知らなかったよ!」
お互いにそう言い合って、交渉は決裂。

氷河は肩を怒らせながら、瞬の部屋を出てきたのだった。




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