「冷たい光だよ」


去年も瞬はそう言った。
しかし、氷河にはそうは見えなかった。
夜の陽炎とも見紛うような蛍の放つ光は、氷河の目には、美しく、儚げなだけに健気にも映った。

世界中にある星の神話。
その物語の中の青年や少女たちのように、今にも天に昇り星になってしまうのではないかと思わせる、蛍の光の揺らめき。

幻想的なその光景の中で、去年は言えなかったセリフを、氷河は、勇気を奮い起こして言ってみた。
「綺麗じゃないか。その……おまえみたいに」

瞬が顔をあげて、自分の横にいる――なぜ彼がここにいるのか、瞬にはわかっていないようだったが――男の顔を見る。
それから、瞬は、薄く微笑した。
彼らしくなく、皮肉の色の混じった笑いだった。

「蛍って、昔から人間の魂だと言われてきたの」

「へ?」

「蛍の幼虫ってね、すごく貪食なの」
「貪食……って、何を食ってるんだ」
「巻貝だよ」
「貝?」

「そう、蛍の幼虫ってね、最初はとっても小さいの。2ミリとか3ミリとか、それくらい。その幼虫たちがね、巻貝に群がって、貝の体に消化液を送り込んで、貝を食べ尽くす――ううん、吸い尽くすのかな。自分の何十倍も大きい貝に群がって、貝を食べ進みながら、最後には貝の奥の奥にまで入り込んでいくんだ。犠牲になった貝の殻を割ってみるとね、その中からうじゃうじゃ蛍の幼虫が湧き出てくるんだって」

「…………」

かなり気持ちの悪い話である。
瞬の薔薇色の唇から出てきていいような話とは思えない。
氷河は、思わず顔を歪めた。

「他人の命を食べ尽くしながら成長して、そうまでして生き延びて、でも、儚いの……」

何年間も暗い土中に潜み、成虫してほんの数日で死んでしまうセミには較ぶべくもないが、蛍もまた、1年に満たない人生のほとんどを泥中で過ごし、成虫の命はわずか2、3週間しか続かないということは、氷河も知っていた。

「ねえ、蛍は、たった20日かそこいらの時間を輝くために、他人の命を犠牲にするんだよ」

「そうか……」

氷河は、やっと、瞬が何を悲しんでいるのかが理解できた。


去年の夏、同じ川原で、氷河が瞬を好きだと思ったのは、蛍を見詰めている瞬の瞳が涙に潤んでいたせいだった。
訳も聞けなくて、だが、理由はどうあれ、瞬が泣いているのが、氷河は嫌だった。

瞬は、蛍に、生き延びてしまった聖闘士の姿を――自分の姿を――重ね見ていたのだ。


それで言ったなら、この1年間の氷河の必死のアプローチは、あながち無駄でもなかったのかもしれない。
氷河の『瞬を好きだ』という気持ちは、『瞬に泣かないでいてほしい』という気持ちから生まれたものだったし、氷河が馬鹿な真似をするたびに、瞬は怒ることはあっても泣くことはなかったのだから。






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