「そうじゃないの。もっと、何て言うか……。春が来たら嬉しいの。でも、そのために犠牲になる少女がいるの。どう思う? 長い冬が終わったの。長い冬を生き延びたの。みんな喜んでるの。でも、そのために、みんなのために犠牲になる少女がいて、その少女が自分の恋人なの。あなたは、喜びと苦しみのどちらにより強く支配される? 多くの民のために、たった一人犠牲になる少女を見て、あなたならどう思う? そういう人を見たことない?」

瞬の振り付けは、音楽の知識を欠いていたニジンスキーのそれなんかよりずっと踊りやすい。
だが、瞬は、いつも、ポーズやポジショニングや跳躍力なんかより、解釈の方に重きを置く。
ニジンスキーが、ダンスを音楽の束縛から解き放したように、あるいは、それとは対照的に、瞬は精神を音楽の束縛から解き放つようなダンスで、人間の内面性を表現しようとするのだ。

瞬に問われて、俺は踊りを中断した。

「俺だったら、恋人を失う苦しみしか感じられないな」

瞬は俺の答えに溜め息をついた。

「フレア、あなたは?」
「私は……そうね、多分、喜びの方が大きいと思うわ。だって、それで、自分の恋人に来年の春が約束されるんですもの」
「そう、そうでしょう。犠牲の乙女はそうなの。それを知って、ハーゲン、あなたはどう?」
「ますます喜べない……」

それは、瞬の望む答えとは違うものだったのだろう。

だって、そうだろう。
自分のために恋人が命を捨てるのに、それを喜ぶ人間がどこにいるだろう。
たとえば、金と公演の成功しか頭にない、あの主宰のような男だったなら、それを喜んでしまえるのかもしれないが――と考え始めた俺の視界に、当の主宰の姿が飛び込んできた。

通し稽古の様子を見に来ていたらしい。

「氷河、ちょっと」
瞬は、ガラス張りになっている稽古場を廊下から眺めていた主宰を、稽古場の中に呼び寄せた。

「僕の振り付け、覚えてるでしょ? ここで踊ってみせて。犠牲の乙女が内股のポジションをやめるとこの、青年の踊り」

途端に、稽古場の他の一角で群舞のポジション取りをしていた団員たちが動きを止める。
こんなことは、滅多にない。

というより、俺は主宰の踊りを見るのはこれが初めてだった。






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