『春の祭典』の初演は無事に終った。


席はもちろん満席だったし、カーテンコールでは、批評家たちでさえ立ち上がって狂ったように拍手を続けていたから、この舞台が絶賛されることは間違いないだろう。

俺も、自分の踊りに満足していた。
迷いが吹っ切れた俺の踊りは会心のものだったと、自分でも思った。



劇場のレッスン室で、俺たちはささやかな――明日もあるのだから、したたかに飲み食いするわけにはいかない――祝杯をあげた。

瞬が、団員たちを労い、礼を言う。
瞬が満足してくれているのがわかって、俺たちも嬉しかった。


俺は瞬と主宰の側に行って、自分の浅はかな行動を陳謝した。
そして、この舞踊団に入ってからずっと疑問に思っていたことを、瞬に告げた。

「俺は、瞬が主宰と一緒にいるのは、瞬が自分を育ててくれた主宰への恩を感じているからか、あるいは、瞬が盲目的に主宰を信じるように仕組まれているからなのかと思っていた」

「え?」
「主宰が瞬を理解していたり、瞬が主宰を理解していたりするわけじゃないと思っていた」
いや、俺はむしろ、そう思っていたかっただけなのかもしれない。
この小さな天才を独り占めする我儘なプロデューサーを嫉むあまりに。

「あ、それはその通りだと思うよ。僕は氷河を理解していないし、氷河も僕をわかってくれているわけじゃないの。お互いがお互いを完全に理解し合えてないことはわかってるけど」
瞬が、実にあっさりと、自分たちは理解し合えていないのだと告げる。
俺は、瞬の言葉に目を剥いた。

「僕は、ただ、氷河が好きなだけなの。氷河が僕を好きでいてくれることを知ってるだけなの」

「…………」


「どうして、それがわかるんですかー? この無愛想な主宰が饒舌に瞬を口説き落としたんだとも思えないんですけどー」

フレアは、ワインに――というより、今日の舞台の成功に――少々酔っているようだった。
普段の彼女なら、主宰の前でそんな軽口は叩かないだろう。

「そうだね、氷河は、口説いてもくれなかったし、ラブレターをくれたわけでもないし」
「じゃ、きっと、求愛ダンスでも踊ったんでしょう」
「うん」

「えー? ほんとにー !? 」
フレアは冗談のつもりで言ったのだったらしい。
やはり酔っている。

「氷河のあのダンスはね、もう、好きにならずにいられないっていうか何ていうか、とにかく素晴らしいダンスで……」

「初めて自分で振り付けたダンスだったんだ」
珍しく、主宰が照れている――ようだった。
主宰がこんな話に乗ってくること自体、滅多にないことだから、それまで幾つかのグループにまとまって談笑していた団員たちの注目が主宰に集中する。


「……見たいな」
「是非、拝見したいです……!」

団員たちの要望は当然のものだったろう。
俺も見たかった。
瞬のためにしか踊れない天才ダンサーの、瞬のためのダンス――を。

「あれは、瞬だけのためのものだ」
主宰の言葉に団員たちは一様に残念そうな顔になり、それを見た瞬が、これまた珍しく、俺たちの前で主宰に甘えてみせた。

「じゃあ、僕のために踊ってみせて、久しぶりに」
「…………」
「お願い」

瞬のためにしか踊れない天才ダンサーは、瞬には甘いらしかった。
こういうところを普段から少しでも垣間見せられていたら、俺だって、主宰が瞬の才能を利用しているのだなどとは考えもしなかったろうに。

主宰は困ったように両肩をすくめ、それから背広を脱いで、それを瞬に手渡した。
主宰も、いつになく、上機嫌だったらしい。
瞬にそう頼まれたら、無碍にもできなかったのだろう。


あの“青年”の踊りが記憶に新しい。
天才振り付け師と言われている瞬の心を捉えた、天才ダンサーの求愛のダンスとはいったいどんなものなのかと、俺たちは固唾を飲んで見守った。






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