主宰は、その傑作を踊りだした。
さすがに舞踊家らしく、踊り出すと表情が引き締まる。

瞬が魅了されたというそのダンスを見て、俺は――他の団員たちも、言葉を失った。

「素敵でしょう?」
「…………」

「ミハイル・フォーキンが振り付けた、アンナ・パブロワの『瀕死の白鳥』を見たことある?」
「あ……はぁ」

それは、古典バレエをかじったことのある者なら、誰でも一度は見る映像だろう。
サン・サーンスの曲に乗り、3分に満たない短い時間に、死に瀕した白鳥の壮絶な美しさを表現した、ロマンチック・バレエの傑作である。

「あの美しさに惹かれて、僕はダンスの世界に入ったの」

そういう人間は多いだろう。
確か、以前、フレアも似たようなことを言っていた。

「色んな舞台の記録を見たし、古典から現代舞踊まで実際の舞台も数えきれないほど見てきたよ。フォーキンとパブロワの白鳥から1世紀近く経ったけど、僕は未だに、あれ以上のダンスを見たことがない。レオニード・マシーン、モーリス・ベジャール、ローラン・プティ、天才的な振付家たちが天才的なダンサーを得て、素晴らしいダンスを世界に発表してきたけど、パブロワの瀕死の白鳥以上の踊りに、僕は出会えなかった」

それは、俺にもわかる。
人の好みはそれぞれだと思うし、より目新しいものを求める者たちの中には、古典を否定する向きもあるようだが、パブロワの白鳥の美しさを否定できる者は、おそらくこの世には存在しないだろう。

「初めて見たの。パブロワ以上の白鳥」

主宰の“これ”が?

「この素晴らしいダンスを、氷河ったら、僕のために5時間も踊り続けてくれたんだよ。好きだなんて、一言も言われなくてもわかるよ、僕」

主宰は、踊り始めたら止まらないらしい。
瞬は、その主宰の求愛ダンスをうっとりと見詰めている。

俺はと言えば、
「はあ……」
と、マヌケな相槌を打つので精一杯だった。






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